レイシャルメモリー 3-02


「だから、頭を下げるなんて」
「でも皇后様だし、目上の方には違いない」
 レクタードに笑みを向けると、フォースはもう一度頭を下げた。驚きと当惑で目を見開いていたリオーネが、ハッとしたように深いお辞儀をする。ニーニアは頭を下げたフォースとリオーネを交互に見ていたが、どうしていいか分からず、助けを求める視線をレクタードに向けた。
「い、いや、だから、もういいよ」
 レクタードに腕を引かれてフォースが頭を上げると、ニーニアと目が合った。ニーニアは慌ててピョコンとお辞儀をする。その可愛らしい仕草にフォースが笑みを浮かべると、ニーニアは一瞬つられるように微笑み、恥ずかしげにリオーネに身体を寄せた。
 ソーンを連れて馬車を降りたジェイストークが、フォースに軽く頭を下げる。
「今日はこちらで休んでいただきます。体調を見てから出発する日を決めるようにと、陛下より仰せつかっております」
 すぐにでも出発したい気持ちを抑え、フォースは、分かりました、と声に出して返事をした。
「こちらにどうぞ」
 ジェイストークは、自分で指し示した方向に、ソーンの手を引いたまま、先に立って歩き始める。馬車を他の騎士に預けたアルトスが、フォースの後ろから付いてきた。
 その後方で、ただいま戻りました、というレクタードの声と、それを迎えるリオーネとニーニアの明るい声が聞こえた。
 フォースは振り返ることなく、ジェイストークのあとに付き従って城に入った。使用人らしき男がジェイストークの側に寄り、何事か耳打ちする。うなずいたジェイストークが、フォースに笑顔を向けた。
「お食事の準備ができています。リオーネ様、レクタード様、ニーニア様と一緒におとりください」
 並べられた名前を聞いて、フォースは気が重くなった。レクタードが帰ってすぐなのだ、水入らずで過ごしたいのではないかと思う。
「身体の具合でも? 先に休まれますか?」
 ジェイストークは、フォースの表情をうかがうように、のぞき込んでくる。
 重たいのは気持ちだけで、けして体調が悪いわけではない。フォースは、平気だよ、と苦笑を浮かべた。

   ***

「お兄様も私も、お母様と同じ髪と同じ目の色なのに。……お父様と同じ髪だったわ。目は紺色だったけど」
 ニーニアが頬を膨らませて言った言葉に、側に立っている明るい茶の髪をした女性騎士が、はい、とうなずいた。
 食堂入り口に立っている兵士も、厨房へと続くドアの所にいる使用人も、まるで何も聞こえていないかのように、まっすぐ立ったままでいる。

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