レイシャルメモリー 3-03


 ニーニアは、たくさんの燭台の炎に揺れる向こう側、フォースが座っていた席へと目をやってため息をつくと、手にしていたお茶のカップをソーサーに戻し、視線を女性騎士に向ける。
「イージスには三つ下よね。どう? イージスの目から見て」
 イージスと呼ばれた女性騎士は、なんと言っていいものかと言葉に詰まった。レイクスは敵の騎士だった人間だ。反戦運動をしていたとは聞くが、どうしても悪い印象が先に立ち、困惑した声が出る。
「どう、と申されましても」
「メナウルの騎士だっていうから、もっと怖い人を想像していたのだけど。食事のマナーもちゃんとしてて、礼儀正しくて。いい人みたいだけど、でも、お兄様みたいに皇太子には見えない」
 ニーニアの言葉にその通りだと思いながらも、イージス自身の口から皇太子らしくないなどと言えるはずがない。しかもこの短い時間では、楽に猫を被ったまま過ごせるだろうとも思う。イージスは素知らぬふりで、そうですか? と聞き返した。
「イージスはレイクス様のこと、何か知ってる?」
 ニーニアの問いに、イージスはまず、ハイ、と返事をしてから思考を巡らせた。イージスが知っているのは、レイクスというよりはメナウルのフォースという騎士のことだ。同期でも、フォースと当たって死んだ騎士もいれば、斬られずに帰ってきた騎士もいる。
 そして騎士であるからには、前線での情報も聞こえていた。最近はシャイア神の巫女の護衛をしていたこと。そして、その巫女と恋仲にあるということ。
 ニーニアはまだ八歳なのだから、何もかも話すわけにはいかない。その婚約者のことをいきなり悪く言うのも、ニーニアの子供らしい真っ直ぐな性格ゆえ、避けなければいけないと思う。
「そんなに詳しくは知らないのですが」
「なんでもいいの。教えて」
 ニーニアは水色の瞳をキラキラさせて、イージスに詰め寄った。イージスは、では、と口を開く。
「メナウルでは二位の騎士だったということ、彼に負けても斬られずに帰ってきた騎士がいること、このあたりで流行っている身命の騎士というカクテルが、レイクスさまを模して作られたということ、くらいです」
 ニーニアは顔をしかめ、お酒ー、と言って舌を出した。その仕草にイージスが笑みを浮かべると、ニーニアは顔を寄せてくる。
「他にも知っているんでしょう?」
「は? い、いえ、別になにも」
 真剣な目でのぞき込まれ、イージスは慌てて否定した。ニーニアは、口を尖らせて小さくため息をつく。

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