レイシャルメモリー 3-06


 イージスの言葉に、リオーネが幾分身体を乗り出してくる。
「そんなことができるの?」
「分かりません。でも、レイクス様はメナウルで巫女の護衛騎士だったのですから、信仰する神もきっと違います。やってみる価値はあろうかと」
 リオーネが暴走するのを怖れて言った言葉だったが、イージスは、もしかしたら本当にどうにかなるかもしれないと思い初めていた。リオーネは、目を細めて考え込んでいる。
「そうね。ニーニアが軽んじられるのは少し癪だけど、それもいい手だわね」
 その言葉のニュアンスに、やはり他に何か考えがあるのだろうと、イージスはリオーネに視線を向けた。リオーネはそれに気付いたのか微笑みを浮かべる。
「実はね、レイクスと成婚の儀を挙げる前に、巫女をシェイド神に捧げてしまおうという計画が、国民の間にあるらしくて」
「拉致ですか? それは陛下のおっしゃっていた、一年間は手を出さないという約束に反するのでは?」
 思わず狼狽して声のトーンが上がったイージスに、リオーネは苦笑を向けた。
「拉致とは言ってなかったわ。国レベルの話しではないのよ? 噂に聞いただけで、止めようもないし。それでも、私の立場でそんなことに期待してはいけないわね」
 リオーネはため息をつくように控え目な笑い声をたてた。
 言おうが言うまいが、拉致に変わりはないだろう。リオーネの、それも、との言葉が思い出され、もしかしたらリオーネがその計画の首謀者かもしれないとの疑惑が首をもたげてくる。だが、メナウルの騎士がメナウルの巫女と一緒にライザナルを治めることになるのなら、反発する人間が出てくることはなんら不自然ではない。
 その計画が本当にリオーネと関係ないところのものなのか、見極めることはひどく難しそうだ。指示を仰ぐにせよ、自分で見極めるにせよ、今は騒ぎ立てない方がいいだろうと思う。
「なんにせよ、ニーニア様がお幸せになってくださればいいのですが」
「ええ、本当に。戦争も、巫女のことも、どうして今なのかしらね。今までだっていくらでも巫女を見つけることくらいできたでしょうに」
 そう言うとリオーネは、少し冷めてきたお茶を口に含んだ。
 今まで。そう、シェイド神が誕生してから現在までは長の年月と呼ばれ、その間に神の指示する戦は一度も起こっていない。
 百二十年続いている戦争は、シェイド神のどんな心変わりから始まったことなのだろうか。しかも、他国の巫女のことは、まだ歴史とも言えない最近のことだ。

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