レイシャルメモリー 3-07
イージスは特に成婚の儀について、シェイド神が女性をないがしろにしている、としか思えなかった。その詳しい理由などは、マクヴァルが結婚を許されない神官で男だからか、何も伝えようとはしない。それがあれば、混乱も最小限に抑えられたかもしれないのだが。
イージスは、自分の信仰心が薄いわけではないと思う。だが、レイクスの目は、神の守護者の色なのだ。神と話が出来るのならば、人間に分かるように説明も受けられるのではとの期待もでてくる。そしてその神の言葉が信じられるものかどうかは、レイクスがどんな人間なのか、その信頼度を計らなければならない。
イージスは手にしたカップの液体を、その義務感だけでノドに流し込んだ。
***
フォースに当てられた部屋、そのテーブルの上には、ライザナルの地図が広げられている。椅子にはフォースが腰掛け、眉を寄せた難しい顔で地図に視線を落としていた。ソーンは二カ所ある窓からかわるがわる顔を出し、崖になっている下方を興味深げにのぞき込んでいる。
「マクラーンまでは結構あるんだな。何日かかるんだ?」
フォースが向けた疑問に、ドアのあたりを行ったり来たりしていたジェイストークが肩をすくめる。
「レイクス様の体調にもよるのですが」
「それを考えなかったら?」
「考えてくださいね」
ジェイストークの変わらない笑顔に、フォースはため息をついて視線を地図に戻した。
今朝発ってきたドナと、今居るラジェスの距離を見て、ラジェスからマクラーンまでの距離が、その何倍くらいあるか目測する。直線でも優に十五倍以上あるその距離に、フォースはもう一度ため息をついた。すぐ後ろからジェイストークが声をかける。
「そんなに早く行きたいですか?」
「ああ。早く行って早く帰りたい」
地図から目を離さずに答えたフォースの顔を、ジェイストークが疑わしげにのぞき込む。
「しかし、レイクス様が皇帝を継がずに帰ってしまわれますと、リディア様には、クロフォード様自身か、もしくはレクタード様と成婚の儀を」
「駄目だ」
強い口調でさえぎって、フォースはジェイストークを睨むように見た。ジェイストークは、困り切った顔でため息をつく。
「駄目、とおっしゃいましても」
「リディアだけは誰にも渡さない。だからライザナルに来たんだ。シェイド神に盾突いてでも戦を止めさせてやる。神の守護者としても用事があるみたいだしな」
「できるの?」
ソーンが目を輝かせて振り返り、フォースを見る。フォースは静かに、しかししっかりとした口調で、やるしかないんだ、と口にした。