レイシャルメモリー 4-05
「御者台に」
アルトスは一言だけ発し、フォースがうなずいたのを見ると、馬車が走っていることなどお構いなしにドアを開け、ステップや泥よけの部分を器用に使って御者台へと移っていった。
「でかいくせに、身の軽い奴」
フォースがボソッとつぶやくと、ソーンは盛大なため息をついた。
「もう、ひとっことも話さないんだから。息が出来無くなっちゃうよ」
「ごめん、つい。護衛なんて、いらないよな」
苦笑したフォースに、ソーンはムキになったように顔を近づける。
「護衛はいるよ。悪い人が来たらどうするの。レイクス様は剣を持ってないんだから」
「剣は悪い人が持ってるのを借りる」
「そんなの余計危ないじゃんか。いくらレイクス様が剣を使えるからって、」
そこまで言葉にして、ソーンは笑いをこらえているイージスに気付き、不機嫌な視線をイージスに向けた。
「何が可笑しいんだよ」
「名前は丁寧なのに。きちんと敬語で話さないと」
「あ。そっか」
困ったようにヘヘッと笑って頭を掻いたソーンに、イージスが微笑みかける。
「大切な人には一言ずつ丁寧に言葉にする。そう心がければ、おのずと敬語になってくるものです」
「ホントに?」
「だから、普段からきちんとレイクス様とお呼びするのは間違いじゃない。言葉は人の話をしっかり聞いていれば覚えられます」
イージスの言葉に、へぇ、とニコニコした顔を向けると、ソーンはそのまま黙ってイージスを見つめている。
「どうしました?」
「レイクス様と、お話ししてくれるんだ、ですよね?」
ソーンの嬉しそうな声に、イージスのハッとしたような視線がフォースに向けられた。出掛けのニーニアとのことが思い出され、フォースは思わずため息をつく。そのため息に、イージスが頭を下げた。
「今朝方は、申し訳ありませんでした」
フォースは、自分のついたため息が、イージスの今朝の言動を責めてしまったのだろうと気付き、お辞儀を返した。
「ゴメン、別に何とも思っていないんだ」
「そ、そんな」
礼を受けて慌てたイージスに、フォースは笑みを向ける。
「むしろ、しっかりニーニアのことを思って動いているのが分かって、好印象だったくらいだよ。それよりジェイストークがニーニアに悪態を付いていそうで」