レイシャルメモリー 1-02
聖歌が終わり、リディアはいくらか光の残る身体で、ていねいに頭を下げた。祭壇裏へと戻り、そこで待っていたティオと手をつなぐ。すれ違うグレイが心配げな表情で、軽く肩を叩いて通り過ぎた。立ちふさがるように立ったユリアが、大きくため息をつく。
「なに泣いてるの」
その言葉に、リディアは慌てて頬に手をやった。涙のあとに触れて、濡れた指先に驚く。
「顔色も悪いわよ?」
その手の上に、ユリアがタオルをのせる。
「ありがとう」
リディアはユリアになんとか微笑みを返すと、そのタオルに顔を埋めた。フォースへの思いと共に涙があふれ出してくる。泣いていることを隠そうと思っても、肩の震えを止めることすらできない。
不意に、背中に大きな手が添えられた。ルーフィスだ。
「フォースが……」
その声も震える。ルーフィスは、リディアの背にある手で、軽くポンと前に押し出すように叩くと、一緒に足を踏み出した。
「戻ってからにしよう」
そのままその手に導かれるように、普段過ごしている部屋へと向かう。ティオはリディアの感情をのぞき見たのか、寂しそうに二人の後ろを歩いている。
リディアには、ルーフィスが何も聞かずにいてくれるのが嬉しかった。きっと今聞かれても、何も答えられないだろうと思う。そして歩を進め、いつも過ごしている場所に近づくにつれて、いくらか気持ちが落ち着いてきていた。
部屋へ入った時には、リディアの身体からも声からも、震えは収まっていた。ティオはソファーにころんと横になり、そこからリディアを見ている。
「すみません。ありがとうございます」
ルーフィスは、お辞儀をしたリディアに控え目な笑みで答えた。
その様子を部屋の隅から見ていたスティアが駆け寄ってきた。本を高く積んだ影、いつもグレイがいる席には、真剣な顔で教義の本をのぞき込んでいるサーディがいる。
「リディア、どうしたの? もしかして、上手く歌えなかったとか?」
心配げなスティアに、リディアは首を横に振って見せた。
「違うの。ちょっと驚いただけ……」
「ちょっとじゃないでしょう? そんな辛そうな顔して。どうしたのよ」
スティアは、眉を寄せてリディアを見つめる。リディアは視線を落とすと、大きく息をついた。
「またシャイア様が何かなさってたのだけど。今日は、フォースが見えたの」
フォースの名前を聞き留めて、サーディが顔を上げる。