レイシャルメモリー 1-10


 サーディが肩をすくめてグレイを見やる。
「それにしても、一つ信用できないことがあると、すべてが疑わしく思えてしまうな。この詩のことも話しに出さない方がいいだろうし。でもこの繋がりを切るわけにもいかない、ってとこか」
 その言葉に、誰ともなく視線を合わせてうなずきあう。
「詩のことを知らせるのは、ファルが戻ったら、だな」
 グレイは詩の書かれた紙をペラペラと振って見せた。サーディは眉を寄せる。
「でも、いつになるか分からないよ? それにファルだって、人を介さないとは言い切れない」
「それはティオに通訳を頼めばいいんだ。必ず本人に直に渡せって」
 グレイの言葉にサーディは目を見開き、そうか、と拳で手のひらをポンと叩く。
「でも、帰ってこないことにはね」
 にやついた顔でグレイが付け足すと、サーディは胡散臭げな顔で、大きくため息をついた。
「帰ってくるよ」
 廊下から聞こえてきたその声に、視線が集まる。その廊下からタスリルが入ってきた。
「孫のソーンがレイクスと一緒に行動してる。ソーンなら気付くさね」
「ソーン君、ですか? あ、もしかしてフォースがライザナルに送っていった……」
 リディアの言葉にタスリルは、そうだよ、と言って笑みを浮かべた。前に知り合いだったその子が、フォースのことを思って側にいてくれるのなら、寂しさだけでも少しは紛らわせているだろうと少し安心する。
「ソーカルも、あ、うちの鳥なんだけどね、ルジェナの家と店の間の往き来だけだから、ファルをこっちに帰してくれと伝えられないのは残念なんだけど。きっと向こうで落ち着いたら、帰すことを考えると思うよ」
 落ち着いたら。そう聞いてリディアは、フォースが少しでもそう思えるくらい、ゆっくりと過ごせていたらいいと思う。そして、そう思うとなおさら、フォースが胸を押さえて苦しそうにしている場景が重たく蘇ってきた。
 シャイア神が力を貸さなくてはならないほどの大きなことが、フォースの身に起こっているのは確かなのだ。少しでも早く、少しでもなにか役に立ちたいと、気持ちが急いている。
「あの薬、やっぱりあった方がよかったかい?」
 その言葉でリディアは、フォースと行ったタスリルの店で勧められた、ハエでできているという散薬を思い出した。それを聞いたとたんに吹き出して口をふさいだフォースが脳裏に浮かび、笑みをこぼす。
「いいえ。平気です」
 シャイア神の力によって、フォースを手の届く場所に感じられたことが、今のリディアにとっての活力になっている。そして、少しでもフォースの役に立てそうだと思えることが、なによりも嬉しかった。
 タスリルの深いシワが、優しく歪んだ。

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