レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部3章 深底の安息
2. 狭小な自由 01
目の前にある、黒く堅い木でできた両開きの扉を見上げ、フォースは天井が高いなと思った。接ぎ合わせが見えないその扉は、一本の木から作られたのだろうか。だとしたら樹齢もかなりのモノだったに違いない、などと漠然と思いを巡らせる。
「ボケッとするな」
後ろからアルトスの押さえた低い声が聞こえ、フォースは片目だけ細くしてチラッと声のする方を見やり、視線を前に戻した。扉の取っ手にジェイストークの手がかかる。
「いいですか? セリフ覚えてますよね?」
緊張した顔で振り返ったジェイストークに、フォースは苦笑を浮かべた。
「セリフなんて程のモノか? ただいま戻りました、でいいんだろ?」
フォースは、ジェイストークが微笑むのを見て、扉に目を据えた。
ジェイストークがほんの少し扉を動かすと、向こう側にいた騎士二人がそれを引き継いだ。扉が少しずつ左右に開かれ、謁見の間がフォースの目にあらわになっていく。
最初に、床にひかれた赤い絨毯が、クロフォードが悠然と腰掛けている王座へと、まっすぐつながっているのが見えた。側にリオーネ、レクタード、ニーニアが立っている。
赤い絨毯がひかれた両脇には、たくさんの人間が礼装で身を固め、きらびやかな壁を作っていた。だが、フォースが身に着けている礼服の方が、ずっと上等で派手である。場の緊張感よりも、その服を身に着けている落ち着かなさのほうが、フォースにとっては重大な問題だった。
扉が完全に開かれ、その前にそれぞれ騎士が立ったのを見てから、フォースは足を踏み出した。右後ろにはアルトスが、左後ろにはジェイストークがついてくる。
両側にいるたくさんの人々は、かしこまって礼をしているが、通り過ぎたその後から目で追っているのだろう、背中には幾重にもかさなる視線を感じている。そして、右側の人々の後ろに見える窓の外が暗闇であることと、部屋にたくさんの明かりが灯され、左の壁が金色の光を反射していることも、この部屋の圧迫感を増す結果となっていた。
フォースは長い人壁を抜けて王座の前に進み、予定通りクロフォードに向かってひざまずいた。クロフォードと一瞬視線を交わし、深々と頭を下げる。
「メナウルの騎士フォースです。和平のお願いにあがりました」
フォースがそう口にしている間に、左後ろからは息を飲む気配が、右後ろからはカチャッと鎧の鳴る音が、まわりからは押し殺したざわめきがフォースの耳に聞こえてきた。頭を下げた視線の外で、クロフォードが立ち上がるのを感じ、とたんにシンと空気が張りつめる。
静寂を微かに揺らしながら、柔らかな絨毯の上を近づいてくる靴が、目の前で止まった。フォースは思わずしっかりと瞳を閉じ、唇を噛みしめる。
これくらいのことで殺されるようなら、それまでだ。なにを言っても戦をやめさせることはできないだろう。だが、そうでなければ、充分に望みはあるとフォースは思った。