レイシャルメモリー 2-02
「立ちなさい」
その穏やかな声に、フォースは目を開けて顔を上げた。差し出された手にもう一度頭を下げ、自力で立ち上がる。少し見上げた位置にあるクロフォードの顔が、柔和な笑みを浮かべた。伸びてきた手が頬に触れる。
「この瞳、何度夢に見たことか。懐かしい。宵の月を支える色だ」
その見つめてくる瞳はまっすぐで、寂しげでもある。不意にその瞳がルーフィスの面影と重なった。
「エレンの墓は城内神殿の地下に作った。できることなら生きてもう一度会いたかった。追々、エレンのことも聞かせて欲しい」
クロフォードの言葉を直視できず、フォースは視線を落とす。
「おぼろげな記憶で、よければ……」
「お前だけでも無事でよかった」
そう言うと、クロフォードはいきなりフォースを抱きしめた。力のこもった腕の中で、フォースは息を飲む。
「よく帰ってくれた。もう離さん」
どうしていいか分からないフォースの視線が、クロフォードの後方をさまよった。部屋の奥、左右の角に飾られている黄金の鎧に目がとまる。その右側の鎧の影がうごめいたように感じ、フォースは目をこらした。鎧の向こう側に立っていたのだろうマクヴァルが、その影の中から姿を現した。
マクヴァルは動けずにいるフォースに、顔の右半分だけでの笑みを見せる。フォースは、背筋がゾッとして身の毛がよだつ思いをした。クロフォードは腕を緩めると、フォースの背中をポンポンと軽く二度叩き、肩をつかんで瞳をのぞき込んでくる。
「明日の披露目の宴には出てもらうが。疲れただろう、まずはゆっくり休みなさい」
クロフォードの言葉に、ありがとうございます、と返し、フォースは一歩さがってキッチリと頭を下げた。
クロフォードは軽くうなずくと、再び王座につき、ジェイストークを呼び寄せた。ジェイストークはクロフォードのささやきを聞いてからフォースのもとへと戻り、フォースの先に立って扉の方へ歩を進めていく。
フォースは、後ろにいるマクヴァルの存在を不気味に感じ、振り返りたくてしかたがなかった。しかも左右の人々からの好奇を持った視線が、身に着けた礼服を貫いて身体に絡みついてくる。こんな役に立たない礼服を着るくらいなら、部屋の奥にあった、ひどく重量のありそうな金色の鎧の方が、まだいくらかましだろうと思う。
左右に騎士が立つ扉を通りすぎ、ジェイストークが足を止める。フォースは、アルトスがジェイストークと並ぶのを見てから、部屋の方へ向けてかしこまった礼をした。騎士が扉を閉める音を聞いてフォースが頭を上げると、その視界の端にいたアルトスが、フォースの胸ぐらをつかむ。
「お前っ」
ジェイストークがアルトスを止めようと出しかけた手を、フォースは視線で制した。