レイシャルメモリー 2-08


 ジェイストークは、母が死を考えていたとは、微塵も思っていないようだ。本当にそうだとしたら、クロフォードとの関係も、自分が思っているようなモノとは違うのかもしれない。
 だが、やはりリディアをその立場に置くことはできない。もしもシャイア神がリディアを守ってくれるとしてもだ。何より、リディアを失うかもしれないという、自分の不安が大きいのだとも思う。
 ソーンが隣に来て、窓枠に手をかけて飛び上がり、窓の下をのぞこうとした。フォースは、その首根っこをつかむ。
「ソーン、だから危ないって言って、」
 いきなりシェイド神の力がフォースを襲った。やはり距離のせいなのか、身体が辛い。フォースはソーンを窓から引きはがすと、胸を押さえてうずくまった。
「兄ちゃ……」
 ソーンはフォースの肩に乗せた手を、ハッとしたように慌てて引っ込めた。駆け寄ってきたジェイストークにその手を見せる。
「ねぇ、溶けないよ?」
「そうですね。もしかしたら危険なのは、あの布だけなのかもしれません」
 ジェイストークはフォースの背に手を伸ばした。危険だと避けようとしたフォースの手に、ジェイストークの腕がぶつかる。
「私だけが嫌われている訳でもなさそうですよ。大丈夫ですか?」
 ジェイストークの腕に支えられ、フォースはベッドに腰掛けた。ジェイストークの腕に異変がないことを見ると、フォースは意識をその力に集中する。
 シェイド神の力は近くに感じて強力だが、なぜか覆いがかかっているような気がする。必死に探っても、そのベールは薄いようでいて思考が綺麗に見えてこない。むしろシャイア神の方がハッキリと感じるほどだ。それなら、話さないシェイド神よりも、シャイア神に意識を向けた方がいいと思う。
 シェイド神は今どういう状態なのか。反目の岩で一気に向けられた意識は何だったのか。そして、これだけの力を発することで、リディアを苦しめてはいないだろうか。
 ――戦士よ――
 ひどく遠くて微かだが、いつも聞くシャイア神の声が聞こえた。愛情さえ感じるほどに、温かく包み込まれている実感が大きくなってくる。シェイド神の力が弱まりつつあることに安心して、フォースはゆっくりと身体の力を抜いた。
 瞬間、脳裏にリディアが歌う姿が映った。その瞳から涙がこぼれたのが見え、同時にすぐ側で見つめ合って唇を重ねた時のような感情が身体を横切る。その想いを離したくなくて、思わず自分の身体を抱くように腕を回した。その想いはフォースの腕の中で、身体中に広がり染み込んでいく。
 フォースは、リディアの姿がただの記憶かもしれないという思いを、頭の中から振り払った。今まで歌っているのを正面から見たことはない。しかもシャイア神の光を湛えたまま歌うなど、メナウルにいた頃には考えられないことだった。

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