レイシャルメモリー 3-05


「アリシアと何かあったのか?」
「いえ? ほとんど何も」
 悩みもせずサクッと返事が返ってきたが、純然たる何もないではなく、ほとんどだ。フォースは疑わしげな視線をジェイストークに向けた。
「気になるんですか?」
「なるよ。俺のことを話してしまったって真顔で謝られてみろ」
「は? 彼女、レイクス様に謝ったんですか?」
 ジェイストークは、驚いたようにフォースの顔を見つめた。フォースはうなずいて見せる。
「それって、少なくともアリシアは、ジェイに騙されたと思っているってことだろ? 気にならないわけがないだろうが」
「それは……」
 ジェイストークは、少し言い淀んでから口を開いた。
「たぶん別れ際に、私はライザナルの人間だと言ってしまったからだと思います。雑談の中で聞いただけですし。レイクス様が考えられているようなことはありませんでしたよ」
「俺が何を考えてるってんだ?」
 フォースが顔をしかめたのを見て、ジェイストークは微笑んで、しっかりとお辞儀をした。それ以上話すつもりはないらしい。だが、フォースはそれで納得してもいいような気がした。
 小さくため息をついてフォースが前に向き直ると、前方にいた男と目があった。その男はキョロキョロと視線を泳がせてうつむき、身体を小さくしてかしこまる。いつの間にかフォースに集まっていた視線も、サッと四方に逸れていく。
 ふと気付くと、レクタードがフォースを見て苦笑していた。フォースが顔をしかめたのを見ると、クロフォードの背中越しに身体を寄せてくる。
「それじゃあ怖いよ」

   ***

「難しい若者だが相手をしないわけにはいかないし厄介だ。ってね」
 晩餐が終わり、会場ではあちこちに人が集まり会話に興じている。その隅で、フォースはレクタードと顔を寄せて話しをしていた。レクタードの左側には、ニーニアが張り付いている。
「話しかけられないのも楽といえば楽だろうけど、あからさまに機嫌をうかがわれるのも疲れるだろう?」
 レクタードの言葉を確かにそうだと思い、フォースは苦笑した。
「そうだな。だけど俺の猜疑心がでかすぎるんだ。その上、皇帝を継ぐ知識がないから自信もない。身体が勝手に構える」
「でも、お父様のウケはいいみたいよね」
 それまで黙って聞いていたニーニアが口を挟む。レクタードは可笑しそうにノドの奥で笑い声をたて、そうだね、と返した。フォースが眉を寄せて振り返ると、後ろにいるジェイストークと、さらに後ろに控えているイージスまでもが笑みを浮かべている。

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