レイシャルメモリー 3-06


「ウケがいいのは、父上にだけじゃないみたいだけどね」
 レクタードの声に何のことかと視線を戻すと、若い女性がフォースの前、少し離れた場所に立ち、にこやかに会釈した。その顔には見覚えがあるが、フォースが名前を覚えているのは、隣にいた父親の方だけだ。
「ええと、デリック殿の……」
「お父様の名前を、もう覚えてくださったんですね!」
 その女性は、フォースの困惑など関係なしに、きらびやかに笑って見せる。
「サフラと申します。私もお見知りおきくださいませね」
 フォースは生ぬるい愛想笑いを返しながら、覚えても何の意味もないだろうと思った。サフラはまるで前からの知り合いのように、フォースとの距離を縮める。
「レイクス様、私とお付き合い願えませんか?」
 サフラの言葉に呆気にとられ、フォースは眉を寄せた。ニーニアが頬を膨らませる。
「どういうつもり? 失礼な方ね」
 文句を言ったニーニアにチラッと目をやり、サフラはフォースに向き直った。サフラは上目遣いにフォースを見上げ、挑発するように左胸の膨らみを指さして見せる。
「私、ここにホクロがあるんです。胸の空いたドレスを着ると、みなさん色っぽいって言ってくださるの」
「俺はホクロがない方が好きだけど」
 フォースは思わずリディアの白い肌を思い出し、眉を寄せたままボソッと言葉にした。それを聞き止めたサフラは、一瞬目を丸くしてから顔をしかめると、ツンとそっぽを向いて去っていった。
「は。しまった。素で返しちまった」
 サフラの遠ざかる後ろ姿に、フォースがつぶやいた言葉を聞いて、レクタードは笑い出しそうなのを必死でこらえている。
「なんてフリ方するんだよ」
「あんな失礼な人、いいのよあれで」
 その隣でニーニアがレクタードの腕を取り、去っていくサフラの後ろ姿に舌を出した。フォースは苦笑して肩をすくめる。
「どうせ俺だからじゃなくて皇太子だからだろ。親に言われたのかもしれないし、あきれてもらった方が後々面倒がなくていい」
「そうかもしれないけど。絶対何人か聞いてるぞ。リディアさんの胸にホクロがあったらどうするんだよ」
 レクタードは声を殺して笑いながら、フォースを冷やかすように言う。フォースはフッと息で笑った。
「リディアの胸にホクロはないよ。それに一体誰に見せるってんだ」
「どうしてそんなこと知ってるのよっ」
 ニーニアは目を丸くして、フォースの言葉に思い切り眉を寄せた。フォースは言葉に詰まってから、ニーニアの不機嫌さにしどろもどろになる。

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