レイシャルメモリー 3-08
「無理矢理さらってくるようなことは」
「しないよ。正妃のことも、他に結婚しなければ問題ないよね」
屈託のない笑顔を見せるレクタードに、フォースはノドの奥で笑う。
「ずいぶん気楽だな」
「フォースがいるからね」
レクタードの言葉で、フォースの笑みが苦笑に変わった。
「俺はいない方がいい。戦をやめて、レクタードには皇帝になる者としてスティアと婚姻関係を結んで欲しいんだ。国の友好関係のためにも、レクタードとスティアの幸せのためにも、これ以上の繋がりはないんだから」
フォースの言葉に、レクタードはうなずいた。両国を結ぶための政略結婚なのだが、お互いが愛情を持っている。これはフォースにとっても願ってもないことなのだ。レクタードも気付いていないはずはなかった。
「戦があるままだと、スティアには国も両親も友人も、全部捨ててもらわなければならないんだよな。それではやっぱり可哀想だと、あ……」
レクタードが言葉を切って、至極真面目な顔でフォースの方を向いた。
「フォースも状況は一緒か。ここに来るのに全部捨てて」
「捨ててない」
フォースはレクタードが話し終わる前に、キッパリと言い切った。視線を逸らさずに見つめてくるレクタードに、フォースは笑みを作ってみせる。
「スティアはレクタードに存在価値を認められているから、それでもいいんだろうけど。俺は違う。捨ててしまったら何も残らないんだ。捨てるわけにはいかない」
そこまで言うと、フォースの笑みは完全に消えていた。レクタードは気を落ち着けるためか、ゆっくりと息を吐き出す。
「だけど父上はフォースにそれを望んでいるよ。メナウルを敵視するのは、そのせいもある」
「分かってる。でも今さら一歳の赤ん坊には戻れない」
「だよな……」
レクタードはフォースにうなずいてみせる。フォースは会場に戻るために気合いを入れようと、思い切り深呼吸をした。
「うだうだ言っていてもしかたがない。どうにかして打開策を見つけなければな。いつまでもこのままはゴメンだ」
フォースが戻ろうと指差したドアから、タウディが姿を現した。レクタードがタウディの方へ向き直る。
「伯父上」
リオーネの兄と名乗ったタウディは、当然レクタードには伯父である。だが、メナウルと隣接するルジェナとラジェスを治めているとの挨拶の方が、フォースにとって強い印象が残っていた。タウディは、笑みをたたえて二人の方へ歩み寄ってくる。