レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部3章 深底の安息
4. 恋心 01


 部屋の大きめな窓の外から、剣を合わせる音が響いてくる。ここからわりと近い、裏庭あたりからだろうか。その冷たく響く金属音は、わりとテンポがゆっくりしていて、イージスには打楽器が立てる音楽に聞こえた。
 ニーニアはその窓まで行き、窓枠に手を付いて外に目をやった。だが、視線は石畳の方にあり、その目に映っているのは景色ではない。その日何度目になるか、ニーニアはため息をつく。
「どうしてレイクス様といたら自然に振る舞えないのよ。自分で何をしているのかも分からなくなっちゃう」
 ニーニアは、丸い口調だが怒ったような言葉を口に出す。部屋のドアの所に控えているイージスは、ニーニアが繰り返すひとりごとを、穏やかな気持ちで聞いていた。
「ねぇ、イージス? 私、変じゃなかった? バレてない?」
 ニーニアが突然振り返って言った言葉に、イージスは笑みを向けた。
「変などということは、ありませんでした。ですが、バレるとは一体何がです?」
「え? ……、そうね、変だってことがよ」
 イージスは、初心者向け、そのうちどうでもよくなる、とフォースが自らのことを言っていたことを思い出した。変とニーニアが言っている行動は、たぶん好きだから現れる行動をいうのだろう。少しでも見ていたかったり、感情を悟られたくなかったり、嫉妬だったり、というものだ。
「大丈夫です。変などということは少しもありません」
「ホントに変じゃない?」
 ニーニアに、ええ、とうなずきながら、イージスはフォースに対するニーニアの恋心を、とても愛らしく感じていた。本当に初心者という言葉がピッタリくる。
 だが、ニーニアにとってフォースは婚約者なのだ、そのうちどうでもよくなるとは思えない。ニーニアは瞳を伏せ、右手で左袖のフリルをもてあそぶ。
「どうしてあんなことで頭に来たのかしら。胸だってどこだって、見せられれば見えちゃうのに」
 その言葉にイージスが思わず微笑むと、ニーニアは口を尖らせた。
「笑わないで。真剣なのに」
「申し訳ありません。可笑しかったのではなく、ニーニア様がとても可愛らしかったものですから」
 イージスが頭を下げ、そう声をかけても、ニーニアの表情は暗く沈んだままだ。だが、今の状態で自分が何を言っても、ニーニアの機嫌が直ることはないだろうと思う。
「謝りたいわ。謝らなきゃ。でも、会ってくれるかしら」
「大丈夫です。会ってくださいます」
 イージスの言葉に目を見張って一瞬嬉しそうな顔をすると、ニーニアはまた目を伏せ、イージスに背を向けて窓の外に目をやった。剣の練習をしていたのだろう音が、不意に止む。
「でも、私……。ないのよ、胸」

4-02へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP