レイシャルメモリー 4-02


 小声でささやくように言うと、ニーニアはまた一つため息をつく。イージスは、ニーニアから見えていないのを幸いに、思わず下を向いて苦笑した。まだ八歳なのだ、胸のふくらみなど、ある方がおかしい。
「ひとつため息をつくと、幸せが一つ逃げると伝えられておりますよ」
「でも、ため息をつかないと息が詰まっちゃうわ。生きるために必要なのよ」
 確かに、それがため息だとしても、息をしていてくれないと困る。首を突っ込みたくはないが、このまま放っておくのは可哀想だとイージスは思った。
 剣を合わせる音が、また響いてきた。だが、前の音とは全然様子が違う。一撃ごとの音に力があってテンポも速く、なにより緊張感がある。城の裏庭での練習を許される立場で、これだけの音を立てられる人間はそういない。
 イージスは、フォースが帯剣を許され、アルトスが稽古を付けるという話しを、今朝ジェイストークから聞いていた。もしかしたらこの音は、アルトスとフォースかもしれないと思う。
「少し外に出ませんか? 新しく花を植えていたようですし」
 特に申し入れをせずに、ニーニアをフォースに会わせられるかもしれない。改まって会うといううことになると、ニーニアも構えてしまって大変だろうから、これはチャンスだ。そして、二人が剣を合わせているなら是非見たいとイージスは思った。
「ため息でも、外の空気を吸うと少しは気が晴れるやもしれません」
「イージスがこんなに熱心に物事を勧めるのって初めてね」
 ニーニアは不思議そうな声を出す。会わせようとしていることを察したのかと思ったが、ニーニアはため息と共にわずかな笑みをこぼした。
「行ってみるわ」

   ***

 どういう範囲でどのような話しがなされたのかフォースには知らされなかったが、フォースは帯剣を許された。タウディの一件が切っ掛けになったのは間違いないだろう。フォースはジェイストークからバスタードソードを受け取った。
「これ、俺の……」
「ええ。保管してありましたので。ご自分の剣がよろしいかと思いまして」
 ジェイストークの声を聞きながら、フォースは剣に見入っていた。柄を握ると自分の身体の一部のように、しっくりと馴染んでくる。
「身体を動かしませんか? 陛下には許可を取ってあります」
「いいのか?」
 思わず子供のように聞き返したフォースに笑みを向け、ジェイストークは部屋の外に向かって声をかける。
「ソーン、持ってきてください」
 その声で、ソーンが鎧一式を担いで入ってきた。これも、ライザナルに入る時に着けてきた自前の鎧だ。パーツの影から少しだけ顔がのぞいている。フォースはソーンにぶつからないように気をつけて、鎧を受け取った。ソーンは盛大にため息をつく。

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