レイシャルメモリー 4-08


「では、本当に恋人なんですね?」
 イージスが眉根を寄せ、フォースはそれに冷笑で答える。
「本当じゃない恋人って? 便宜上なんて付き合いは、俺にはできない」
 フォースの言葉に、イージスの視線が一瞬ニーニアを向いた。フォースが肩をすくめると、イージスは困ったように顔を歪める。
「では、反戦運動も、ライザナルへいらしたことも、すべて巫女のためだと」
「すべてではないよ。俺だって知りたいことがないわけじゃなかったし」
「だから帰るなどと」
 イージスはこめかみに指先を当て、難しい顔で長く息を吐き出す。
「とんでもないですね……」
 そのイージスの言葉は、フォースの考えに対して発せられたものであることを、フォースは充分に理解していた。
「いや、だから、どっちがだ」
 だが、フォースはフォースで、イージスがフォースに対して持っていた予想に対し、思い切り深いため息をついた。

   ***

「では。おやすみなさい」
 ソーンはしっかりとしたお辞儀をすると、部屋を出て行った。外側からアルトスの手がドアを閉めるのが見える。
 そのドアに鍵をかける音が響き、部屋に一人だけになったのだと実感できた時、フォースは思わず深呼吸をした。身体の緊張が解けていく。
 南向きの窓から顔を出してまわりに人がいないのを確認すると、フォースはファルを呼んだ。
 メナウルに戻ってはくれないかと、幾度となく挑戦していたものの、いつも失敗に終わっていた。向かい側の屋根にいたファルはフォースの仕草に気付き、すぐに飛んできて窓枠の中央にとまる。
「お前に帰ってもらうのって、どうすりゃいいんだろうな。この場所は覚えたんだよな?」
 フォースが話しかけると、分かっているのかいないのか、ファルは窓枠を左に歩いて移動した。フォースはファルが開けた窓の右半分に手を付いて、外の景色に目をやった。疲労が激しいからか、今はファルに行けと命令することさえ面倒に思う。
「メナウルは遠いよな。星の場所までズレてるだなんて」
 日が落ちたら、またあのどこか妙に感じる星空が広がるのだろう。リディアと見た夜空がただ懐かしい。そして思い浮かべたリディアの笑顔やぬくもりの記憶が、胸を突き上げてくる。
「なぁ、ファル。リディアに会いたいよ。側に感じたい、抱きしめたい。寂しいのは分かっていたはずなのに、こんなに辛いなんて。今何をしてる? 何を思ってる? せめて元気でいるかくらい知りたいよ。リディア……」
 ファルは、フォースに寄り添うように窓の中央まで来ると、不意に羽を広げた。フォースが驚いて一歩下がると、ファルは窓枠を蹴り、羽で空気を叩く音を残して、空へと飛び立っていく。
 向かいの屋根に戻るのだろうというフォースの予想を裏切って、ファルは高度を上げていつのも場所を通り過ぎた。南に薄く見える雲に向かって速度を増し、どんどん小さくなっていく。
「ファル? 行って、くれたのか……?」
 本当にメナウルへ戻って行ったのかは半信半疑だったが、フォースはファルの見えなくなった空を、祈るような気持ちで見つめていた。

第2部4章1-01へ


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