レイシャルメモリー 1-02
一緒にいるのはバックスのようだ。グレイが足を止めて振り返り、口に人差し指を当てる。首をかしげたリディアに上を指差して見せると、グレイは音を立てないように階段を上り始めた。リディアもグレイにならって、そっと歩を進める。
「普通はいくらかでも、そういうお付き合いをしてからでしょう?」
「別に普通を目指さなくても。気持ちだけじゃ駄目か?」
リディアはそこまで聞いて、バックスがアリシアに求婚したのだと察しがついた。グレイは、頭半分を一階にのぞかせて、二人の様子を見ている。
「そんなこと言われても。それに、今はまだ。せめて一度戻るまでは……」
「なぁ、これ以上フォースに背負わせるのはやめないか?」
「そんなつもりじゃ。だって、あの子が連れていかれた責任の一端は、私にもあるのよ」
「つもりがなくても、結局はそういうことだろ」
「でも、私たちだけ幸せになりますって、リディアちゃんの前で言える?」
リディアは振り返ったグレイと、思わず顔を見合わせた。
「それは……」
「言えないのよ。言えるわけがないわ」
シン、と静寂が訪れる。リディアは不思議な気持ちでグレイを見つめ、その袖を引っ張った。
「どうして?」
「どうしてって……」
言葉に詰まったグレイが、苦笑を浮かべる。その顔を見てリディアは、自分が不幸だと思われているだろう、腫れ物のように扱われているのだろうことに気付いた。
グレイの顔に影が差し、見上げるとアリシアが手すりの上からのぞき込んでくる。
「誰? 立ち聞きなんか、あ、リディアちゃん?!」
その名前で慌てたのか、バックスのだろう、鎧の音がガチャッと音を立てた。グレイは苦笑すると、階段を上がりはじめる。
「立ち聞きだなんて。聞かせようとしたのかと思ってましたよ。バックスさんと一緒になった方が、フォースも安心するんじゃないですか? アリシアさん、結構それで口論してたじゃないですか」
「それは、そうかもしれないけど……」
眉を寄せてうつむいたアリシアに視線も向けず、グレイは抱えた本を机まで運んで置き、いつもの席について何事もなかったかのように本を開いた。グレイのあとについて階段を上がったリディアに、ソファーの陰から子供の姿のティオが駆け出してきて抱きつく。
「シャイア様とのお話し、終わったんだね?」
嬉しそうに言うティオに、リディアは笑顔でうなずいてみせた。
自分が寂しい思いをしているのは、誰もが分かってくれている。だからこそ、せめて気を遣わせないだけの明るさを持っていなくてはならないのだろうとリディアは思った。それができなければ、ここで人に囲まれていても、気持ちは孤独なままだ。