レイシャルメモリー 1-07
空いた分には何を書いてもいいと言われていた。でも、その白く残った部分を目にすると、あふれてくる気持ちがあまりにも大きくて、何から文字にしていいのか決められない。
リディアは小さく息をつくと、気持ちを落ち着けようと、左後ろを振り返った。そこにある腰の高さの棚の上には、フォースの着けていた上位騎士の鎧が置いてあり、ランプの明かりを柔らかく反射している。
閉じたドアの向こうに、微かな人の声がした。リディアは思わず顔を上げて、廊下に意識を向ける。
「よく分からないです。今でも好きか、なんて」
ユリアの声だ。フォースのことを言っているのだろうかと、リディアは耳を澄ました。
「でも今は、好きと言うよりも憤りの方が大きいです。誰もが帰ってくるって信じているみたいですけど、私は……。信じていて裏切られるのは辛いです」
「裏切られたことが? もしかして恋人?」
リディアは、その声で相手がサーディだと分かった。
「……、いえ」
「あ、ゴメン。こんなこと聞くべきじゃないよね」
リディアは、ドアの側で立ち止まったのだろう二人の会話を聞きながら、サーディとスティアの会話を思いだしていた。
スティアはユリアを嫌っているらしく、サーディにユリアとは付き合うなと遠回しに言っていたのだ。だがリディアには、サーディのその視線に、気持ちがあるかどうかは分からなかった。スティアが気にする割に、どこか冷めた目をしていたと思う。
ユリアの力が抜けた笑い声が、いつもより明るく聞こえる。
「恋人を作るのは、私には無理です。手放しで人を信じることができません」
「他人に自分の半分を任せて、他人を半分背負う、ってやつか」
「はい」
「やってもみないで最初から無理だなんて、もったいないこと言わなくても」
「もったいない、ですか?」
サーディはうなずいたのだろうか、ユリアの笑い声が、また微かに聞こえた。
「でも今私、それどころではないんです。リディアさんは信じるとか裏切るとか、そういったことと違う世界に居るんですよね。どうしてなのか知りたくて。そこに私にとっての答えがあるような気がして」
「ああ、なんか分かる気がする」
ユリアとサーディの言葉に、リディアは目を丸くし、ここから返事を返すこともできずに、口を手で押さえてうつむいた。まさか自分の名前が出てくるとは思わなかったし、ましてや違う世界などと言われても、どういう事なのかサッパリ分からない。
それでもリディアは、もし自分の存在がユリアにとって幾らかでも役に立てるのなら、手を貸してあげられればいいと思った。
「シャイア様が選ばれた方ですものね」
「そうだね」