レイシャルメモリー 1-08


 ふとリディアは、左足にくくり付けてある短剣が、熱を持ってきたように感じた。服の上からそっと手をのせてみると、そこからフワッと暖かな温度がリディアの手のひらに伝わってくる。
「とても清楚で、しとやかで優しくて」
 こんな時にそんなこと言われても、と口の中で小さくつぶやきながら、リディアは巫女の服の裾を思い切りまくり上げ、太股にくくり付けてある短剣に視線を落とした。短剣は、ボォッとした虹色の薄い光を放っている。この短剣にまで、シャイア神の力が働いていたのだ。
「フォースには願ってもないほどピッタリだと思わない?」
「はい、って言って欲しいんですね。フォースさんのために」
 ユリアは心から自然にサーディと会話をしているよう聞こえた。そのユリアが答えを濁したのを聞いても、リディアにはどういうわけか今までのように気にはならなかった。それよりも今は、短剣がはらんだ虹色の光がうとましく感じる。
 もしかしたら自分は、シャイア神に嫉妬しているのかもしれないとリディアは思った。短剣はフォースと自分との間にシャイア神がいない唯一の繋がりだったのに、そこにまた虹色の光が割り込んでいる。
 自分は今一人なのだという思いに突き上げられ、リディアは胸を抱くように押さえた。
 それでも。フォースがシャイア神の力を必要としているなら、巫女という立場を放棄するわけにはいかない。このまま巫女でいることが結果的にフォースを守ることになるなら、辛くても寂しくても、自分は決してシャイア神を離さない。
 リディアの耳に遠くからグレイらしき声が、内容は分からなかったが聞こえた気がした。
「ホントか?」
 空耳ではなかったのだろう、サーディは大声でそう聞き返すと、階段の方へと向かっていく。ユリアのだろう、もう一つの足音もそれに続いた。
 また何か分かったのかもしれない。だが、短剣のことも話さなければならないと思うと、リディアは気が重かった。
 リディアは、フォースへの手紙とランプを手にして立ち上がった。ランプの火を消してドアの脇に掛け、廊下に出て階段へと向かう。
「ってことは、その意志を持って裂かんってのは、まさか……」
 二階階段に差し掛かったところで、サーディの声が聞こえた。階下にはグレイとサーディ、ユリアが見える。リディアが階段を下りはじめたことに気付き、グレイが見上げてきた。
「あ、リディア。書けた?」
 はい、と返事をして階段を下りきり、リディアはグレイの側に立った。サーディとユリアが顔を見合わせ、サーディが声をかけてくる。
「リディアさん、上にいたんだ?」
「はい。これを書いてました」

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