レイシャルメモリー 1-09


 リディアはフォースに宛てた手紙を、サーディが見えるように向けた。サーディは目を細めて手紙に見入る。
「また小さい字だな」
「全部書かなきゃと思って真剣だったんですけど。思ったよりたくさん余りました」
 リディアが苦笑すると、サーディはつられるように引きつった笑みを見せた。
「よかったよ。書いて欲しいことが、もう一つ増えたらしいから」
 ああ、とあまり乗り気でない返事をして、グレイは口を開く。
「ここを見て。女神との契約について書いてある」
 リディアはグレイが指し示したページに視線を落とした。
 ――神の守護者と族外の者にもうけられし子は、武器を持ち戦士と呼ばれる。戦士はその血を神に捧げ、媒体を身に着ける事により、神の戦士となる。媒体ある限り、他神の力はその者に対して無効となる。ただし、神と戦士の距離により、他神の力が優る場合がある――
 反目の岩で別れたあの時、シャイア神が血を飲めと言ったのはこの契約のためだったのだ。媒体は、巫女の服を裂いてフォースの腕を縛った布なのだろう。そして。
「フォースを苦しめているのはシェイド神……?」
 リディアは、自分の顔が青冷めていくのを感じた。グレイが頭を振る。
「いや。その確率は高いけど、まるきりそうだとも言い切れない。詩の最後が、風、つまりは神の影裂かん、だからね。敵は影だ。それがなんだか分からないのが歯痒いんだけど」
「フォースが苦しんでいるのは、シャイア様が遠いから……」
 今自分がフォースの側にいないことが、ひどく怖い。リディアは震える口元を両手で覆った。サーディがリディアの気持ちを察したのか、リディアの正面に立つ。
「付いて行くべきだったなら、シャイア神が最初からそうしているはずだ。それにリディアさんに来いって言っているのはフォースじゃない。冷静に、って、今は難しいかもしれないけど、フォース自身が迎えにくるまで、どこにも行かない方がいい」
 フォースのあの苦しみがこの距離のせいなら、少しでも側に行きたいとリディアは思った。でも、この身一つでライザナルへ入るのも、やはり自殺行為なのだ。シャイア神の降臨を解かれる様なことがあったら、フォースの側に行くことができても意味はない。
 リディアは唇を噛んでうなずいた。きっとフォースは生きて帰ってくれる。信じなければ。信じたい。いや、信じられる。フォースは自分に嘘をついたことはないのだから。どんな困難に思えても、フォースが約束してくれたことなのだから。

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