レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部4章 凝結と弛緩
2. 種族の記憶 01
「お呼びでしょうか」
「テグゼルか。入ってくれ」
石の祭壇に並べてあった呪術の道具を片付けながら、マクヴァルはそう口にした。
石造りの重たいドアがゆっくりと動き、その僅かな空気の流れで、部屋を照らすロウソクの明かりがほんの少し揺れる。
このロウソクが数本あるだけの暗い部屋に、ダークグレイの鎧をまとった金髪の騎士が入ってきた。
テグゼルはマクラーン城内の神殿警備をしていたが、アルトスがフォースの護衛に移った後、城内全体の警備責任者に就いている。
見栄えのする外見のせいか、皇族の送り迎えには必ず駆り出される人物だ。マクヴァルの側まで行くと、その金髪は小さなロウソクの光を乱反射して輝きだす。
「レイクス様の様子はどうだ?」
マクヴァルは振り向きもせず、テグゼルに声をかけた。テグゼルはかしこまったお辞儀をマクヴァルに向ける。
「塔の部屋にこもったままです。アルトスと剣を合わせるため、時折部屋を出ている様ですが」
一度うなずくと、マクヴァルは初めて片付ける手を止め、細めた目でテグゼルをチラッと見やる。
「シェイド神の力は?」
「いまだ及んでいるようです」
テグゼルの返答を聞いてマクヴァルは、そうか、とうなずいて見せた。だが内心ではホッとする気持ちが強い。
フォースがシェイド神の力に反応するということは、もしもシャイア神と契約を交わしていたとしても、かんじんの媒体は持っていない事になる。
ただマクヴァルは、戦士と呼ばれる存在も含め、神に関するすべてを知っているわけではないと心得ていた。そのために、青い瞳を持った老人の血を使った呪術を毎日のように繰り返し、神やその守護者に関する知識を重ねようと努力している。
今の立場のままだと、フォースは何もできないだろう。なんらかの行動を起こすまでは、その存在をあまり気にせずともよさそうだとマクヴァルは思った。
だが。気になる存在が脳裏をよぎる。
「ジェイストークはどうしている?」
「ジェイストーク殿は、相変わらずレイクス様の側に付いております。小姓の教育もしているようですが」
テグゼルの言葉に、マクヴァルは眉を寄せる。
「血が繋がっているとはいえ、理解できん。そなたのように年齢が近いと、想像もつけられるかもしれんが」
「いえ、近いとおっしゃいましても彼は既に二十八、私は三十です。それぞれ思惑をそうそう表には出さないかと」
その言葉を聞いて、マクヴァルはフッと息で笑った。
「そうか。私は時の流れというモノに、疎くなっているのかもしれんな」
そう言いながらマクヴァルは、生まれ育つ中で芽生えてきた自我に沿って、もう一つの意識があったことを思いだしていた。