レイシャルメモリー 2-11


「ファル、凄いよ。夢でも見ているみたいだ」
 手紙に視線を落としたままつぶやくように言ったフォースに、ファルが顔を向けてくる。フォースはファルに笑みを向けてから、真剣に手紙に見入った。
 火、土、水、風などを含めた詩の意味、神の守護者の子孫と戦士の存在、シャイア神の力と戦士との距離。それらを淡々と連ねた手紙を読み進むにつれ、バラバラだった母エレンとの記憶が、一本にまとまってくる。

  火に地の報謝落つ
  風に地の命届かず
  地の青き剣水に落つ
  水に火の粉飛び
  火に風の影落つ
  風の意志 剣形成し
  青き光放たん

 母とは反目の岩で会い、メナウルへ入ったとルーフィスに教わったこと。ドナの事件で斬られて死んだこと。そして自分が剣を取ったこと。それはその詩、つまりは神の守護者としての記憶に沿った運命だったのかもしれない。
 幼い日に、母が見せた悲しげな笑みも、強くなりなさい、と言われ続けたことも、母がこの運命を知っていたからなのだろう。
 そして事実だったその詩の先は。

  その意志を以て
  風の影裂かん

 シャイア神は、神が本来の姿を失っている今、武力を持つ神の守護者、すなわち戦士としてライザナルの影を裂け、と言っているのだ。しかも、ここから先は既に決まっている運命とは違う。神が自分に向けた希望だ。
 神の守護者の血を持っているから風の影を裂けと言われても、クロフォードと相容れないのと同じように、神のことを理解し、それが自分の役目だと悟ることができるまでには、相当な時間がかかるだろう。実際その役目を引き受けますと、自分から進んで神の前にひざまずく気持ちにはなれない。
 だが。神はリディアに降臨しているのだ。もしも自分が従わなければ、リディアにどんな被害が及ぶか分からない。自分の命に代えても守りたい大切な人を、人質に取られているのだ。助けたければ従う以外にない。
 さらに神は、自分と同じ血を持つ家族やライザナルという国をも、リディアと同じ天秤に乗せている。
 エレンの神の守護者と呼ばれる血。クロフォードのライザナル王家としての血。フォースには、課せられた役目を遂行することで、その両方がすべて丸く収まるように仕組まれた神の策略に感じた。
 風の影。その影を見極めるために、やはり自分はライザナルへ来なくてはならなかったのだとフォースは確信した。
 そしてその影は、既にフォースの中で確実に形になりつつあった。

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