レイシャルメモリー 3-02


 フォースの向かい側に落ち着いているクロフォードは、お茶を手にし、ゆっくりとした動作で一口すすると、テーブルに戻してフォースに笑みを向ける。
「ルジェナ近辺では身命の騎士と呼ばれているそうだな。フォースという騎士は、国ではなく人を守る騎士だと」
「買いかぶりすぎです。私が守っているつもりなのは一人だけですから」
 フォースの脳裏にリディアの姿が浮かんだ。今守ってくれているのはルーフィスのはずだ。リディアの側にいないと、守ることすらできない。ただ愛しさと寂しさが募ってくる。
 クロフォードは、一人か、とつぶやくように言い、笑みを浮かべた。
「リディア、と申したな。どのような娘なのだ?」
 クロフォードの問いに視線をそらし、フォースは目の前のお茶のカップを見つめた。リディアを言い表そうとすればするほど、言葉が陳腐に思えてくる。
「別に拉致する時に利用しようと思っているわけではないぞ」
 その言葉に、フォースはギョッとした。外見を伝えれば、使えないこともないだろう。それでも拉致が実行に移される頃には、一年という月日が経った後なのだが。
「そんな風に思ったわけでは……」
「一言では言い表せないか」
 クロフォードの茶化すような言葉を、フォースは苦笑でごまかした。
「それにしても、まさかレクタードまでがメナウルの女性を嫁にしたいと言い出すとはな。これには驚いた」
「それは私もです」
 フォースは素直にうなずいた。だが本当は、同じ時に聞いた、自分がライザナルの皇太子だったという事実の方が、よっぽど驚愕だったのだが。
「お前の目から見て、どんな娘だ?」
「明るくてしっかりした姫です。いつも毅然としていて」
 そうか、と、クロフォードの頬が緩む。
「だが、心配でもあるな」
「何がです?」
 訝しげなフォースに、クロフォードはほんの少し顔を寄せ、小声で答える。
「どこの者とも知らない男と、恋仲になれる娘なのだからな」
「それは誰でも同じではないかと」
 ボソッと突っ込んだフォースに、クロフォードは笑い声を立てた。
「そうか。そうかもしれん」
「それに、彼女はそれまで浮いた噂一つありませんでしたし」
 その言葉にクロフォードが深くうなずく。フォースは話がこじれなくて、少しホッとした。
「私がエレンを連れ帰った時も、お互いどこの誰とも分からなかったわけだしな」
 クロフォードは息で笑うと、少しうつむいて瞳を閉じる。
「風に地の命届かず。地の青き剣水に落つ。水に火の粉飛び、火に風の影落つ」
 クロフォードが暗唱したその詩に、フォースは目を見張った。まさかクロフォードが知っているとは思っていなかったのだ。

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