レイシャルメモリー 3-04
「生け贄?!」
「そうだ。覚悟ができていたのか動こうとしなかったエレンを、私は無理矢理連れてきてしまったのだ。生け贄などあってはならないと、その時は思っていた」
その詩を知っていたエレンは、報謝である自分が火であるライザナルへ行くことが何を意味するのかを、しっかり理解していただろう。抵抗してもなお連れ去られたならば、それは神が戦士を必要としているのだと、容易に想像はつく。
「結局は、成婚の儀などに巻き込んでしまった。エレンは私のことを恨んでいたかもしれん。だが、私にはエレンの見せてくれる微笑みが、どうしても必要だったのだよ……」
エレンは、その運命も受け入れたのだ。だから笑顔で生きた。母が自分に対して寂しげな笑顔しか見せられなかったのは、自分が戦士だからこそ、決められた道がある将来を案じてくれていたのかもしれない。
「微笑んでいたのなら、きっと幸せだったんでしょう」
「そう思ってくれるのか?」
クロフォードを癒せるほどの笑顔を浮かべられたなら。ルーフィスに対してもそうだったのだから。
「そう、思いたいです」
エレンは本当に強くあったのだろう。神の決めた運命の中に身を置き、そこから逃げることなく自らの人生を生きたのだ。神の守護者の一員として、エレンという一人の人間として。その時々にどんな感情を抱いていたかは、既に確かめようもないのだが。
「その意志を以て風の影裂かん、か。エレンは人生をかけて、神の守護者の命脈を繋げてくれたのだな」
そう言うと、クロフォードは気持ちを落ち着けるためか、静かに深呼吸をした。
「影、か。お前はその影をマクヴァルだと」
「そうだと思っています」
フォースの答えに、クロフォードは眉を寄せて目を細めた。
ふと、窓の外からの鎧の音が、フォースの耳に届いた。言葉をつなごうとしたクロフォードを手で遮って立ち上がり、フォースは外の音に集中した。
何度か鎧の音がしたが、いつもの兵士のモノだ。だが人の気配を多く感じる。その中で短剣を抜く音と、刃がどこかに当たった音がした。身体に緊張が走る。
「外の警備を増やされましたか?」
フォースは、警備が黙って剣を抜くはずはないと思いつつも、心の準備として推測してもらおうと質問した。クロフォードは表情を硬くして、いや、と首を横に振る。
「様子が変です。何人かこっちに向かってきています。隠れてください」
フォースはクロフォードの手を取って引いた。立ち上がったクロフォードをクロゼットまで連れて行きドアを開ける。
「音を立てずにいてください。いいですね?」
フォースはクロゼットにクロフォードを押し入れた。
「お前はどうするのだ」
「誰もいないと、ただ踏み込まれるだけじゃないですか」