レイシャルメモリー 3-10


 フォースは乱暴にドアを閉め、鍵穴に刺さったままの鍵をまわす。一人になった開放感から、長いため息をついた。たくさんあるランプの明かりを、高ぶった気持ちを抑えるように一つずつ消していく。
 そして最後に残ったランプを持ってクロゼットに入り、奥に隠してあったペンとインク、紙をテーブルに運んだ。ファルに持たせる手紙を書くために、ソーンが一つずつ誰にも知られないように持ってきてくれたモノだ。
 とにかくこれで手紙は書ける。自分が詩を教わったのはシェイド神からだったこと、母エレンはディーヴァへの生け贄だったこと、最低そのくらいは伝えておきたい。余白があれば、ジェイストークが言っていた呪術のこともだ。
 テーブルの上に道具を並べながら、フォースは顔をしかめた。まわりに隠れての行動なため、ファルが運んできたような厚い紙は用意できなかった。目の前にある薄い紙ではたぶん千切れてしまい、無事には届かないだろう。だからといって完全に足輪に入るとなると、ひどく小さい紙でないといけない。そうなると書きたいことすべてを書くのは無理そうだ。
 ソファーに乱暴に腰を落とすと、外れてしまったサーペントエッグが転がった。フォースはそれをそっとすくうように拾う。ライザナルでは単にお守り兼身分証明だが、フォースには中に入っているリディアが書いたメモの方が意味を持っていた。そのエッグを眺めてハッとする。
「そうか。包めばいいんだ」
 フォースは笑みを浮かべると、小さな字で書けばなんとか書けそうな程の大きさに紙を切った。
 いきなり動悸がフォースを襲った。シェイド神の力だ。飽きることなく続いているが、それだけに慣れも出ている。
 フォースは深呼吸のような深い息を繰り返しながら、まずはシャイア神に意識を向けた。その力と、リディアの存在という後ろ盾を充分に感じてから、シェイド神に向かう。
 渾然とした意識の中に、シェイド神らしき黒い影が少しずつ見えてきた。できるだけ近づき、捕まえようと集中する。シェイド神の意識もこちらを向いているように感じた。
「シャイアの戦士よ」
 シェイド神の弱々しい呼びかけが聞こえた。と同時に、シェイド神の黒い影が遠ざかり、力がスッと引いていく。
 今の声はマクヴァルにも聞こえただろう。再び声が聞こえたことを、どんな風に思っているだろうか。フォースは、この力での攻撃のことも手紙に書かなくてはと思った。
 メナウルにいた頃は、自分のことを話すことなどあまり無かった。それだけまわりにいた人たちが、なにも言わなくても見ていてくれたのだと実感する。
 そして、クロフォードの目はそれと似ている。戦のことがあるにせよ、十七年の間探し続けてくれた気持ちに嘘はなかったとフォースは思いたかった。
 とにかく少しでもこちらの状況を知らせたい。フォースはペンを手に取り、小さな文字を連ねはじめた。

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