レイシャルメモリー 4-02
そう返してから、ジェイストークとはフォースとするような言い合いをしたことはなかったと思いつく。どんなことでも吸収し切ってしまうジェイストークが、アルトスには不思議でもあり、羨ましくもあった。
「どうしたらいいんだろうな」
塔の入り口まで来た時、ジェイストークはポツリとそう口にした。何のことかとアルトスが視線を向けると、ジェイストークは小さくため息をつく。
「レイクス様は、シェイド神と直接話しがしたいと申される。父も巫女が先だと譲ってはくださらない」
「板挟みといったところか。だが、どうもこうも事実は事実だ」
どちらかに反発を表明するのは、ジェイストークにとって不本意なことかもしれない。だが、これは避けられそうなことではなかった。アルトスは、横を並んで歩いていた硬い表情のジェイストークに、両手を広げて見せる。
「マクヴァル殿がおっしゃるのだ、巫女を差し出す以外手はないだろう。マクヴァル殿は最高位の神官であり父君だというのに、信じられないのか?」
ジェイストークは一瞬眉をしかめたが、意を決したように足を止め、アルトスにまっすぐな視線を向ける。
「最高位の神官と父は別人なんだ」
虚を衝いたジェイストークの言葉に、アルトスは眉根を寄せた。
「なにを言っている? どういう事だ」
「母と婚姻関係にあった父は、むしろ宗教を嫌っていたんだよ」
「なんだそれは。二重人格とでも言いたいのか?」
アルトスの問いに、ジェイストークは力なく首を横に振った。
「そうなのかもしれない。それが一番しっくりくる。とにかく、神を崇拝する今のマクヴァルという人格は、母の夫だった父とは違うんだ。母は信心深い人だったから、父を愛すると同時に、アノ人に対しては敬慕の情を持っていた。俺は幼かったから、疑いもせず単純にそういうモノだと思っていたんだが」
まっすぐ視線を合わせていたアルトスに苦笑してみせると、ジェイストークは視線を落とす。
「エレン様との成婚の儀の時だ。アノ人は母にその内容を口にした。当然母には衝撃だっただろう。父が他の女性と、というのもあったろうし、神は母のために存在しているのではないと、ただ一人、信仰の対象から外されたような気持ちになったらしい。精神を病んで死んだというのはそのせいなんだ。母が死んで以来、母の夫だった人格は出てこなくなった。まともになったと言うべきかどうかは分からないけれど」
ジェイストークが自嘲するように息を吐き出す。アルトスはジェイストークの顔色の悪さに眉を寄せた。
「今まで、なぜそれを言わずに……」
視線を上げたジェイストークは、アルトスの心配げな顔に笑みを向ける。
「俺には、手放しで父を信じてくれている人間が必要だったんだ。それがアルトス、お前だった。エレン様は本当に優しいお方で恨むこともできず、エレン様もまた被害者だと思ったら、教義が偽善に思えて」