レイシャルメモリー 4-03
「神はすべてに対し平等に愛を注ぐ、か」
教義の一部を口にしたアルトスに、ジェイストークはうなずいた。
「アノ人はまた繰り返すつもりだ。母のような立場の女性はいないが、やはり納得はできない」
「成婚の儀は、マクヴァル殿ではなく、シェイド神がなさっていることだろう」
アルトスの言葉に、ジェイストークはほんのわずかな笑みを浮かべる。
「父のためにはそうだと思いたい。でもレイクス様が宗教は人のものだとおっしゃっていたことが、嬉しかったのも事実なんだ。母を見捨てたのは、神ではなく人だと。ならばまだ、母の魂も救われるのではないかと……」
ジェイストークにとって成婚の儀は、信仰心を根底から揺るがされる出来事だっただろうことは、アルトスにも簡単に想像がついた。どちらかを取ると、もう一方を否定したことになる。それでもジェイストークはひたすらマクヴァルを信じてきたのだと、アルトスの目には映っていた。
「最近、母を見捨てた父よりも、エレン様のご子息であり、敵国でさえ身命の騎士とうたわれるレイクス様の方が、よほど神に近い存在に思えてな」
「それは神の守護者の一人なのだから、ある程度は近く感じるだろうが」
アルトスは言葉を切ってため息をついた。訝しげにのぞき込むジェイストークに、アルトスは顔をしかめて見せる。
「あれは純粋で愚直な、ただの子供だ」
そう言い放ったアルトスに、ジェイストークはノドの奥でククッと笑い声をたてた。
「確かにな。だが、目の前で母を殺され、粗野で下卑た騎士や兵士と喧嘩をしながら剣を覚え、十四で騎士になると同時に前線に出され。それでもなお純粋で愚直なんだぞ? ……、それにしても、愚直というのは語弊があるな」
口にしづらかったためか、ジェイストークの笑みが苦笑に変わる。押し黙って聞いていたアルトスが重い口を開いた。
「曲げられない意志があったか、もしくは……」
言い淀んだアルトスを急かすように、ジェイストークは真剣な視線を合わせてくる。
「もしくは?」
「バカなんだろ」
そう言って視線を逸らしたアルトスをキョトンとした顔で見て、ジェイストークは気の抜けた笑みを浮かべた。
「結局それか。いや、そういうまっすぐなところは、アルトスにもあるって思っていたんだけどな」
アルトスはブッと吹き出し、ジェイストークに胡散臭げな視線を送る。
「おい。一緒にするな」
「まっすぐは一緒でも、向きは正反対だ。違うって事にしておくよ」
ジェイストークは、さらに文句を言いたそうなアルトスを放って、塔の中に入っていった。アルトスも後を追う。
「で、どうするんだ?」
「しばらく様子を見て、二人を会わせる方向で考えてみようと思ってる」