レイシャルメモリー 4-07


「いや、笑ってゴメン。確かに落ち込んでいらしたよ。元気になったのはアルトスのおかげだ」
 ジェイストークは謝っておきながら、まだ笑いを堪えている。アルトスが見せた訝しげな顔に気付き、ジェイストークが肩をすくめた。
「レイクス様は、アルトスとやり合ってるうちに、元気になられたようだった。剣だけじゃなく、言葉のやりとりも」
「余計なことをしたという訳か」
 アルトスが表情を変えずにフッと息だけで笑うと、ジェイストークは苦笑を返してきた。
「枕を投げつけるとはね。まさかアルトスに喧嘩を売る人間がいようとは思わなかった」
 ジェイストークの言葉に、アルトスはその時のフォースの様子を思い浮かべた。
 フォースが枕を投げてまで気を引いたのは、外を見るために邪魔だったからだろうか。あの窓は南向きだ、メナウルの方向に向いている。
 だが、そんなことで話しもしたくないだろう自分の気を引くようなことをするだろうか。もしかしたら何か他の意味があるのかもしれないとアルトスは思った。
 ふと、ジェイストークが視線を城へと向けた。その定まった視線の先を、イージスがうつむき加減で歩いている。
 その視線を感じたのか、イージスが二人に気付いた。きちんとした敬礼を向け、しかしどこか戸惑ったように視線をさ迷わせる。いつもと違う様子を不審に思ったのか、ジェイストークはイージスの方へと歩を進めていく。アルトスも後に続いた。
 側に立つとイージスは、幾分気の抜けたような笑みを見せた。
「お二人には伝えておいて欲しいと、陛下が仰ったのですが」
 少し言い淀んだその言葉に、アルトスはジェイストークと顔を見合わせ、改めてイージスに向き直る。
「陛下とマクヴァル殿より、ルジェナへ行くよう仰せつかりました。メナウルの巫女をお迎えする準備を進めておくようにと」
 イージスの言葉に、ジェイストークの表情が陰った。それを見たアルトスは、対照的に顔色を変えず口を開く。
「お迎えというのは」
「ええ。同意を得られた時と、……、拉致の場合も含まれています」
 それに対してどんな心情を持ったものかと、アルトスは迷った。だが、クロフォードの気持ちは手に取るように分かる。
「陛下はレイクス様を失うのを怖れていらっしゃるのだろうな。予防線の意味も兼ねてといったところか」
 クロフォードが思っているだろうことを口にして、自分はフォースの気持ちを思いやって迷ったのだということにアルトスは気付いた。
 いつの間にか、自分の一部がフォースを信頼し始めている。少なくともどんな状況になっても逃げるわけなどないと、気持ちはしっかり確信していた。イージスが言い出しづらかったのは、その信頼に気付いていたからかもしれない。
「レイクス様には、ご内密にお願いします」
「言えるわけがない」
 イージスの言葉に即座に答えながら、アルトスは自分の感情を煩わしく思っていた。

第2部5章1-01へ


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