レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部5章 犠牲の用途
1. 克己の微笑 01


「平民のようでした。武器も、と言えるかは分かりませんが、農具でしたし。剣を持つものは一人も。八人すべて追い返しましたが」
 バックスはそう言うと、顔をしかめた。向かい合っているルーフィスが、ゆっくりとうなずく。
「いや、それでいい。今は事を荒立てたくない」
 いつもの席から扉の側でのやりとりを聞いていたリディアは、すべて追い返したという誰も犠牲になっていないだろうことと、もとの平静さを取り戻したことに安堵して、胸をなで下ろした。バックスの吐く息が、ため息になる。
「実際は誰が動かしているものやら。ライザナルが約束を破っているとは思いたくないですが」
「敵はライザナルというよりも、シェイド神への信仰心なのかもしれんな」
 ルーフィスは落ち着いた声でそう返した。
 シェイド神の話しになると、誰もが一度はフォースの存在を思い浮かべるに違いない。どうしても消せない不安と恐怖がそこにあって、その隙間からのぞく期待や希望を感じて少しでも安心したいのだから。
 そして、その中でも自分が一番重たい期待をかけてしまっているのだろうと、リディアは思っていた。でもその期待を取り払うことは、愛しているという気持ちがある限りできそうにない。
 だからこそ、ただのお荷物にならないよう、強くなりたいと思う。具体的に何をすれば強くなれるかは分からないが、できることは何でもやらなくてはならない。リディアは、これからどんなことが起こっても、もしも付いていくことができなかったとしても、フォースの幸せだけは祈り続けようと心に決めていた。
 ライザナルの使者はフォースの様子を詳しくは伝えてくれない。お変わりなくお過ごしのようですと、よそよそしい言葉で語られるだけだ。
 ふと気を取り直したように、バックスが顔を上げ、敬礼した。
「警備、交替いたします」
「よろしく頼むよ。わずかな動きだが、前線に兵が増えているとの情報もある。充分に気をつけてくれ」
 返礼をしたルーフィスの表情は、疲れを隠し切れていない。リディアは席を立つと、二人のいる扉の側まで行った。
「いつもありがとうございます」
 軽く頭を下げたリディアに、ルーフィスは微笑みを向ける。
「いや、この仕事があって助かっているんだよ。周りがよくやってくれるから、休んでいるのとそう変わらない」
 その笑みを見て、バックスが含み笑いをした。
「フォースが仕事をしていると、だんだん周りがしっかりしてくるんですよね。使い方か、育て方か。むしろ勝手に育ってくれているというか」
「だから複数の仕事を受け持たせられるし、こき使えるんだがな」

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