レイシャルメモリー 1-03
「いや、まずリディアさんが読んでね。ラブレターだったりしたらまずいし」
薄ら笑いを浮かべるバックスに、リディアは苦笑してみせる。
「そんな。こんな小さな紙なんだもの、伝えるだけ伝えたら書く場所が」
「裏を見てごらん」
向かい側に立っていたルーフィスがかけた声に一瞬だけ目を向けると、リディアは手紙をゆっくり裏返した。紙の右下だけに書き込まれている文字が目に飛び込んでくる。
―― リディアの字が嬉しかった。
早く逢いに行きたい。 ――
突然大きくなった鼓動に揺り動かされ、リディアの感情が膨れ上がってきた。安心はしたけれど、やっぱり心配で。気持ちは満たされているのに寂しくて。
でも、ただひたすら嬉しかった。まさかこんな風に言葉のやりとりをできるとは思ってもいなかった。それに、リディア自身がそうだったように、自分が書いた文字を喜んでくれ、フォースも逢いたいと思ってくれているのだ。
ルーフィスが息で笑って肩を揺らす。
「裏というより、これが表だな」
「ホントですよね。隙間なく書くくらいなら、こっち側にも書けばいいのに」
そう言うと、バックスはノドの奥で笑い声をたてた。
リディアは手紙を表に返した。ルーフィスとバックスも視線を寄せる。そこには箇条書きの文章が三つ並んでいた。
フォースが詩を初めから知っていたのは、直接シェイド神から教わったのだろうということ。フォースの母でルーフィスの妻であったエレンは、シアネルの巫女であり、ディーヴァへの生け贄だったこと。ライザナルには、現在も呪術が残っているらしいこと。
「こんな簡単に書いてあっちゃ色気もなにも……、あったら不気味か」
バックスが真面目な顔のままつぶやき、言葉をつなぐ。
「しかし、このままでも充分気味が悪いですね。神と人との関与が異常なほど大きいような」
「これが、神の守護者たる所以なのかもしれんな」
少しトーンの下がったルーフィスに、リディアが心配げな顔を向けると、ルーフィスはわずかな自嘲を浮かべた。
「私は行くよ。また何か分かったら教えて欲しい」
もう一度、今度はどこか寂しげな笑みを見せ、ルーフィスは外に出て行った。
リディアは何も声をかけられず、ただ黙って後ろ姿を見送った。同じようにルーフィスを見ていたバックスが、小さくため息をつく。
「生け贄か。まさかそれを息子から知らされるなんて。辛いだろうな。エレンさん本人から聞けていれば……」
バックスは苦笑すると、同意を求めるようにリディアに目を向けた。リディアは視線をさ迷わせると、バックスを見上げる。