レイシャルメモリー 1-04


「でも、もし私が神の守護者の一族で、大いなる神への生け贄になったのに生かされてしまったとしたら、きっと口にできないくらい複雑な気持ちになります。そのせいでひどい目に遭ったら、なおさら誰にも話せない、話したくないと思います」
「だけど、リディアさんがエレンさんの立場なら、フォースには話すだろ?」
 リディアはフォースの名前を聞いて、考えを巡らせた。エレンと同じ過去を持って、フォースの前に立ったとしたら。
「いいえ。話すとしても、とても長い時間が必要だと思います」
「そうなの?」
 意外そうに首をひねったバックスに、リディアは苦笑した。
 街の路地裏で襲われているのを助けてもらったのが、フォースとの出会いだ。その時、破かれた服の胸元にのぞいていた赤く汚らわしい跡を、フォースは間違いなく目にしている。そんなフォースが知っている事実でさえも、どんな風に思われているかを怖くて聞けなかったのだ。それどころではないひどい目に遭って全部話さなければならないとしたら、どれだけの勇気がいるだろう。
「好きな人に話すのは、なおさら……。私は幸運だし幸せだから、きちんと想像できていないのかもしれませんけれど」
「そうか」
 うなずいたバックスの真剣な表情が、ふと笑みに変わる。
「それにしても、幸運だし幸せ、ねぇ。こんなに離れているのにそんな風に思ってもらえるって、フォースも幸せ者だよな」
 頬が上気してくるのを感じて、リディアはうつむいた。目にフォースの文字が飛び込んでくる。
 フォースを待つ間、ただじっと耐えていなければならないのだとリディアは思っていた。だが実際は違っていた。ライザナルからの変わりないという形式的な知らせだけではなく、フォース本人からの手紙まで受け取ることができる。喜びもあるし、気持ちがお互いすぐ側にあるのだと感じることもできる。
 寂しい思いはどうやっても消えないが、リディアには素直に幸せだと思えた。
「リディアさん、あれ」
 その呼びかけに、リディアは顔を上げ、バックスの視線の先に目をやった。いつものように黒いローブを着たタスリルと、その横をグレイが歩いてくる。
 バックスとリディアに気付いて手を振ってくるグレイに、リディアは笑顔で手を振り返した。

   ***

「風に地の命届かずってのは、そういうことだったのか……」
 リディアが見つめている中、グレイは向かい側のいつもの席でフォースからの手紙を読み終わると、小さくため息をついた。グレイが手紙を机の中央に置くと、隣に座っているタスリルは、ますますシワを歪めて眉を寄せる。

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