レイシャルメモリー 1-08
「資料はありませんか? 神に関する呪術ならなんでもかまいません。ぜひ調べてみたいんです」
「その文献なら店にあるよ。真に受けたことはなかったが。そうかい、本当にできるなら大変なことだね」
さっそく調べに行こうというのだろう、タスリルとグレイは同時に腰を上げた。
***
「ただいまー」
アジルが開けた扉の隙間から、子供の姿をしたティオが入ってくる。
「よぉ」
アジルはティオと手を振り合うと、入れ替わりに扉の外へと出て行った。
「タスリルさん、肩に乗せて送ってきたよ。戻るまで少し時間がかかるかもしれないってグレイが言ってた」
「分かったわ。ごくろうさま。ありがとう」
側まで来て出迎えたリディアの返事を聞いて、ティオは満面の笑みを浮かべると、いつものようにソファーに寝そべった。
「グレイとタスリルさんって、凄く気が合うみたいだよ。お似合いだね」
ティオは大きくノビをすると、すぐに寝息を立て始める。リディアは声を立てないようにフフッと笑うと、いつもの席に戻った。
とたんに左足にくくり付けてある短剣が、熱を持ってくる。見なくても分かっている、また虹色の光を放っているのだろう。
それを何度も人に見せようとしたが、そのとたん光は収まってしまい、リディアはまだ誰にも見せることができないでいた。
でも、もしかすると人に見えないから光を発しているのかもしれない。これもまたシャイア神に任せるしかないのだろうと思うと、リディアは少し寂しかった。
「フォースは生きていてくれる、きっと帰ってきてくれる」
寂しいと思うたび、リディアは呪文を唱えるように口の中で、何度もその言葉を繰り返した。そうしていると、きっと願いは叶うと思えてくる。
フォースと離れてから、フォースが神の守護者で戦士と呼ばれる存在だということも、婚約者のことも、自分を悲しませる要因だとリディアは思っていた。
だが、嫌だからといって消えてくれるモノではないのだ、事実は事実として受け入れなければならない。その事実もフォースの一部だと思えるようになってからは、不思議なほど辛さは消えていた。
昔、まだ知り合いとしか言えない付き合いだった頃は、フォースの幸せを祈ることくらいしかできなかった。それに比べれば、また側にいて欲しいなんて、なんて贅沢な願いだろう。そして、そう願うことまで当たり前だと認めてもらっている今の自分は、充分に幸せだと思えた。
「だから何度も言っているでしょう? そういうお付き合いをしてからって」
神殿に続く廊下から、アリシアの声がかすかに聞こえた。
「だー! もう分かったよ。じゃあ、付き合ってくれ」
「じゃあって。……、い、いいわよ、付き合ってあげる」
バックスが最近一生懸命口説いていたのが、どうやら形になったらしい。だんだん大きくなってくる声を聞きながら、リディアは笑みを漏らした。