レイシャルメモリー 2-04


「そのくらい聞いておけ」
 アルトスの呆れ顔にフォースは舌を出した。ソーンが慌ててニーニアに頭を下げ、駆け寄ってくる。
 フォースは、ニーニアには笑顔を向けただけで声を掛けず、背を向けて歩き出した。ソーンとアルトスが後に続く。
「いいんですか?」
 ソーンが隣に並んで声を掛けてきた。後ろを気に掛けているので、ニーニアのことを言っているのだろうと分かる。苦笑しただけで返事をせず、足も止めないフォースを、ソーンはうかがうように見上げた。
「彼女、可哀想かな? って」
「だったら、もう少し一緒に遊んでいてもよかったのに」
「俺じゃ、あ。私ではレイクス様の代わりにはなりません。それに機嫌を損ねたら、……怖いんです」
 ソーンの思っても見なかった言葉に、フォースは呆気にとられた。
「怖い? 好意を持っているから一緒にいるんじゃなかったのか?」
「ええっ? 冗談はやめてください。レイクス様が冷たくすると、その分私に返ってくるんですから」
 ソーンはニーニアにとっても人質なのかと、フォースは顔半分を手で覆ってため息をついた。
 後ろからアルトスの押さえた笑い声が漏れてきた。フォースが、何が可笑しい、と文句を言いつつ振り返ると、アルトスはフォースから目をそらすように、ソーンに視線を移す。
「そういう愚行はしっかり覚えておいて、いつかリディア殿に教えて差し上げるといい」
「なっ?! バカ言えっ。なんでそんなことをリディアに言わなきゃならな」
 まくし立てるようにそこまで言って、フォースは口をつぐんだ。顔をしかめ、再び前を向いて歩き出す。アルトスがクッと笑った声が背中から聞こえてきた。
「本気で困ったようだな」
「やかましいっ」
 アルトスの笑顔は今振り返らないと二度と見られないかもしれないと思いつつ、フォースは腹立たしさに前を見たまま言い捨てた。
 ニーニアはまだ八歳だ。リディアは、ユリアに対してすら可哀想だと思っていたようだったのに、まだ小さな子供のニーニアに対してそういう気持ちが湧かないわけがないと思う。
 だが、自分がニーニアやユリアを立てることは、誰よりリディアに対して失礼だと思うのだ。そんなことをリディアが望んでいるとは思いたくもない。
 だったらどうするのがいいかと考えても、自分では答えなど出せそうになかった。考えるだけ無駄に思える。
「あそこ?」
 ドアの前に一人の騎士が立っているのを見たのだろう、ソーンが声をあげた。フォースはソーンにうなずいて見せる。

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