レイシャルメモリー 2-05


「客間ではないか」
「客間?」
 聞き返したフォースの隣に並んだアルトスが、眉を寄せて追い抜いていく。フォースは小さくため息をついて、アルトスの後に続いた。
 ドアの前の騎士は、アルトスを見つけると姿勢を正して敬礼をした。
「デリック殿はこちらか」
「はい」
「同席させていただきたいのだが、よろしいか?」
「はい」
 アルトスへの返事の一つ一つが、いやに落ち着き払ったように聞こえ、フォースは顔をしかめた。だが、簡単な返事に間違いなく抑揚がつくかというと、そうとも限らないだろうと思う。
「では、失礼する」
 いつも無表情なアルトスが仏頂面に見えるくらい表情のないその騎士は、アルトスにまた、はい、とだけ返事をしてドアを開けた。一歩踏み出したアルトスの足が、なぜか止まる。
 どうしたのか訝しく思い、そこに並びかけたフォースの左腕を騎士がつかんだ。そのまま強い力で、部屋の中へと引きずり込まれる。引っ張られながら振り返ると、ソーンがアルトスの身体に抱きついて後ろへ下がり、間を隔てるようにドアを閉められるのが見えた。
 ドアに鍵をかけた男が、こちらに顔を向ける。デリックだ。
 フォースは、起きた後に思い出した夢のように、目の前の光景が遠くなっていくのを感じていた。いくらか白濁して見える空気が絡みついてくるようで、身体を動かすことさえ不自由だ。
 フォースはその空気を振り払おうと、目を閉じて首を振った。だが状況は変わらない。むしろ少しずつ悪くなっている気がする。
「レイクス様? どうなさいました? 顔色がよろしくないようですが」
 そう言うと、デリックはベッドの側にある椅子を指し示し、騎士に言葉を向ける。
「こちらにお連れして。あ、それとも横になられた方がよろしいか?」
「いや、そんなわけには……」
 首を横に振りながら、フォースはアルトスも様子が変だったことを思い出していた。アルトスがこの部屋に入るのを、ソーンが止めたように見えた。しかも、デリックは鍵をかけていたようだった。
 今何が起こっているのかが分からない。だが、身体の力がどんどん抜けていき、考えることすら億劫になってくる。
 立っているのがやっとだったのに腕を引かれ、体勢を崩したところを騎士に支えられた。デリックにも右横から肩を貸され、フォースは椅子に浅く腰掛けて膝に肘をついた。
 真後ろに回った騎士がフォースの二の腕、ちょうど媒体である布を巻いたすぐ下をつかみ、背もたれの後ろ側に引いて固定するように動きを止めた。騎士の力が異様に強い。

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