レイシャルメモリー 2-06


「放せっ、何を……」
 フォースは自分の力が弱くなっていて、抵抗を試みながらも逃れられないだろうことに気付いていた。
「少しでいいんです、そのまま動かずにいてください」
 デリックはフォースの正面に回り、顔を近づけてくる。
「シャイア神の媒体さえいただければ、それでいいんですよ」
 その言葉に目を見開き、フォースはデリックを見上げた。まさか知っている人間がいるとは、思ってもみなかった。
「どうしてそれを?」
 フォースの問いにデリックは何も答えず、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。マクヴァルに聞いたのか、それとも他の誰かか。とにかくデリックは、女神との契約や媒体のことを知っているのだ。
 騎士の手から逃れようとしても、岩に固定されているように少しも動かない。
「くそっ、放せっ」
「逃げられませんよ。身体も思うように動かないでしょう? この部屋には、薬が焚きしめてありますからね」
「薬? 焚きしめてある……?」
 考えをまとめられず、そのままの言葉を返したフォースに、デリックは冷笑を向けてくる。
「ええ。この部屋の空気自体が薬なんですよ。レイクス様にとってこの薬は、神の守護者と同じような効き方のようです。そうそう、成婚の儀の時は役に立ちましたよ。暴れられると大変ですからねぇ。儀式の時のエレン様はそれは美しかった」
 デリックが目を細めて言った母親の名前に、フォースは息を飲んだ。デリックはフォースに視線を合わせ、ノドの奥で笑う。
「人には単に毒ですから、メナウルの巫女には使えませんがね。巫女はレイクス様とそういうご関係だそうですから、薬は必要ないでしょうが」
「儀式なんて、やらねぇよ」
 鼻先で笑ったフォースに、デリックは首をひねった。
「そうなんですか? まぁどちらにしても、巫女はシェイド神に捧げていただくことになるでしょうが」
 思い切り睨みつけても、この体勢だ、脅しにもならない。デリックは薄気味悪い笑みを浮かべたまま、両腕を広げ、深呼吸のように大きく息をつく。
「レイクス様には、人、種族、どちらの効き目が出るか分からなかったですが、死ぬ方でなくてなによりです。シェイド神がレイクス様との契約を望んでおられるのですから」
 頭のどこかで、アルトスとソーンが部屋に取り残されなくてよかったとフォースは思った。だが、デリックと騎士が薬の影響を受けていないのを訝しく思う。フォースの疑問に気付いたのか、デリックは自分を指し示した。
「ああ、私ですか? 中和剤が効いていますからね。飲んでからある程度時間が経たないと効き目がでないんです。今気付いて中和剤を飲んでも、薬が効き始めるまでは、この部屋に入ることすら出来ないんですよ。分かりますか? 誰も助けには来られないってことです」

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