レイシャルメモリー 2-10
逆らいたいが身体がだるく、フォースはほとんど口だけで抵抗した。アルトスは無言のままフォースを廊下まで運ぶと、部屋と反対側にドサッと放り投げる。フォースは勢いで壁に背をぶつけ、そのまま壁を背にして座り込んだ。
「薬が残っていると分かっていて、いつまで中にいるつもりだ。薬を吸い続けていては動けないぞ」
アルトスの冷ややかな声から、フォースは目をそらした。アルトスは息を止めて自分を運んだのだろう。だから部屋では話さなかったのだ。
「まったく。いつまでも何をやっているんだか」
なんと罵られても、ペンタグラムを捨てられてしまったことをアルトスに話したくはなく、フォースは無視を決め込むしかなかった。
「お前は守られなければならない立場だということを忘れるな。不審に思ったら逃げろ。ソーンがいなかったらどうなっていたか」
ソーンの名を聞いて、フォースは焦って周りに目をやった。ソーンを探していると察したジェイストークが苦笑する。
「ソーンは無事ですよ。今は別の場所にいます。何が起こるか分かりませんでしたから」
その言葉に、フォースはホッと胸をなで下ろした。
安心したと同時に吐き気が襲ってきた。手で口を押さえようとして汚れていることに気付き、その汚れを避けるように身体を背けて耐える。
「大丈夫ですか?」
身体をかがめ、ジェイストークがフォースの顔をのぞき込んでくる。フォースはチラッと視線をやっただけで、うつむいて目を閉じた。何もかも忘れて、このまま眠りこけてしまいたいと思う。
ふとジェイストークが立ち上がるのを感じ、フォースは目を開けた。敬礼をしたジェイストークの視線を追うと、騎士二人を従え、廊下をこちらに向かってくるクロフォードが目に入ってくる。
「どうした?」
座り込んでいるフォースに気付いたのだろう、クロフォードは足を速め、フォースのすぐ側に立った。
「なんだこれは……」
クロフォードが汚れに伸ばした手を避け、フォースは身体をずらした。クロフォードは眉を寄せ、説明しろとばかりにアルトスとジェイストークに視線を向ける。
部屋を身体で隠そうとしたジェイストークを押しのけると、クロフォードは部屋の光景を見て、二ヶ所に広がる異様な液体に目を見張った。
「あれは、なんだ?」
「……、デリック殿と、騎士だったモノです」
ジェイストークの言葉に、もう一度部屋に目をやり、その意味を理解したのだろう、クロフォードの目に険しさが増す。
「何があった?」
クロフォードの厳しい問いに、誰もすぐには口を開けなかった。