レイシャルメモリー 3-09


「そういう手ならば、押し通せそうだな」
 そう言いながらもクロフォードは、フォースを手放すのが怖いと思っていた。
 巫女がライザナルにいれば、フォースは間違いなく帰ってくるだろう。その準備も進めている。だが巫女を拉致すれば、ようやく産まれつつある信頼が根本から崩れてしまうのは避けられない。
 クロフォードは、ルジェナにいるイージスに巫女を拉致するよう命を下すかどうか、考えあぐねていた。

   ***

 フォースは、ジェイストークと一緒に部屋へと戻った。見た目は少しも変わっていなかったが、フォースにはこの部屋の空気が、いつもよりも淀んで見えた。
 それから少し後、フォースの緊張が解けるのを見計らってか、ジェイストークは今まで話していなかったマクヴァルとの関係を、ひとりごとのようにポツポツと口にしだした。
 フォースは、ただ黙って聞いた。予想は、ほぼ当たっていた。
 ジェイストークが丁寧に頭を下げる。
「今まで黙っていて申し訳ありません」
「いいんだ。いくらか想像はついていたし、だからってジェイが変わるわけでもない。二重人格なんてのは、考えもしていなかったけど」
 マクヴァルがジェイストークの父親であって欲しくないと思っていた。だが、現実だった。予想が付いていただけに、フォースが感じた衝撃は軽くて済んだが、それでもなお、大きな事実であることにかわりはない。
「あの状況で生かされることが、こんなに辛いなんて思いませんでした。私は、まだ彼の息子だったんですね……」
 いつも笑顔でいるジェイストークが、珍しくフォースを気にせず顔をしかめている。
「ジェイ。あの詩によると、俺はマクヴァルを斬ることになるのかもしれない」
 フォースは重たい気持ちを押して口を開いた。ジェイストークが、はい、とすぐに返事を返してくる。
「はい、って……」
 予想に反してすぐにうなずいたジェイストークに、フォースはどう対応していいか分からなかった。当惑しているフォースを見て、ジェイストークは苦笑を浮かべる。
「レイクス様に、その意志を以て風の影裂かん、と命令なさるのは神なのですから。私には反対しようがありません」
 ゆっくりとしたジェイストークの声が、フォースの胸に響いてくる。それは間違いなく立て前だとフォースは思ったが、本音はどうなのかとは聞けそうになかった。もし聞いてしまって斬るのは嫌だと言われても、自分の意志を変えるわけにはいかないのだろう。
 それに、メナウルに帰るための算段を進めているのもジェイストークだ。実際、斬らずに帰って欲しいと思っているのかもしれない。

3-10へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP