レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第2部6章 諸種の束縛
1. 情意 01


 サーディはバックスと共に神殿へと向かっていた。ヴァレスの中心部にある神殿の近辺は、人の往き来も多く賑やかだ。その様子は、フォースがライザナルに行ってからも、少しも変わっていない。
 女神の護衛として、事あるごとに話題にしていた騎士が姿を見せなくなったのに、街の人間はまったく意に介していないように見える。その変化のなさが、サーディには少し不思議に見え、不満にも思っていた。
 事実を知っている誰もが自重しているのだろう、フォースがライザナルの皇太子で、すでにメナウルにはいないと口外されていないことも原因かと思う。周りが知らないうちにフォースが戻ってこられれば、それが一番ではあるのだが。
 右側後方から、フォースの名前が聞こえてきた。中年の女性二人のようだ。振り向きたくなる気持ちをこらえ、サーディは感覚だけをそちらに集中させる。
「巫女様とケンカでもしたとか?」
「仕事で城都に行ってるって聞いたけど」
「そう。それなら合点がいくよ」
「配置換えなのかね。上手くいっているように見えたけど」
「上手くいき過ぎだったとか」
「ケンカとか怪しいとか、あんた極端だね」
 アハハと笑い出した声に、サーディは一気に身体の力が抜けた。含み笑いをしたバックスが、同じ会話を聞いていたのだろう、いいとこ突いてるな、とボソッとつぶやくのが聞こえてくる。
 そういえば、バックスもアリシアと婚約したという。フォースにしてみれば、血のつながりはないものの、ごく近い間柄の二人だ。フォースがいないという事実が負担になっていないのがどうしてなのか、じっくり聞いてみたいと思う。
「どうかしましたか?」
 バックスは笑みを浮かべた顔で、サーディとの距離を詰めてくる。幸せそうに見えるバックスが不愉快で、サーディは小さくため息をついた。
「いいや、なんでもないよ」
 苦笑でごまかし、サーディは神殿の敷地内へと足を進める。
 神殿内は変化の無さが、街に輪をかけて顕著だ。アジルやブラッドや、その他、フォースの隊の兵士がいるために、いつもと変わらずフォースもそこにいるように感じるからだろうか。兵士から向けられる敬礼に、笑顔を浮かべたつもりが苦笑になる。
 神殿のドアを開けてもらい、中へと入った。右前方のソファーに丸くなっていたファルが首をもたげる。その向こうから顔半分をのぞかせたティオは、何もなかったかのようにまた寝転がった。
「サーディ様」
 声をかけてきたのは掃除をしていたアリシアだった。あとから入ってきたバックスと目が合うと、少し挙動不審なお辞儀をしあっている。サーディは、なぜ今婚約なのかと聞きたい気持ちを抑え、笑みを浮かべた。

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