レイシャルメモリー 1-02
「こんにちは。グレイはいますか?」
「いえ、今は薬師の所へ出向いています」
「ああ、あのタスリルとかいう」
サーディの脳裏に、絵本で見た魔法使いそのものの、しわくちゃな顔が浮かんできた。
「ええ。ですが、今日は早い時間に戻るとのことです」
そう、と気が抜けた返事をしたサーディに、アリシアは笑みを向けてくる。
「ここでお待ちになりますか? あ、リディアさんならこれから神殿で出番ですが」
「裏から見てもいいかな」
神殿へと続く廊下を指差したサーディに、アリシアは、どうぞ、と頭を下げた。
サーディは軽く会釈を返して廊下へと進んだ。バックスとアリシアは目配せでもしあっているのだろうと思いつつ振り返ってみた。だが、なんのことはない、アリシアは変わりなく掃除を再開し、バックスはサーディのすぐ後ろに付き従っている。いるならいるで、今度はそれが鬱陶しい。
「一人で行ってきちゃマズいか?」
サーディが笑みを浮かべられずに言うと、バックスは苦笑した。
「いえ、特には」
じゃあ、と手をあげるだけの挨拶をすると、サーディはキョトンとしているバックスを置いて、一人で廊下へと入った。
ちょうど誰もいない時間だったのだろう、静かな厨房や浴室の前を通り抜けていく。人がいないことで、サーディの気持ちはいくらか落ち着いた。
そういえば、マルフィもユリアも、最近はリディアでさえも、フォースがいた頃と変わりない態度で通している。こんな風にイライラしているのは、自分が他のみんなのように自信を持っていないからだろうかと不安に思う。
視界に入ってきた神殿一歩手前のドアには、ユリアが控えていた。講堂からはリディアの歌声が聞こえる。ユリアは真剣にドアの向こうをうかがっていたが、足音で気付いたのかサーディを振り向き、丁寧に頭を下げてきた。
「変わりない? 元気みたいだね」
「はい。あ、サーディ様がこの頃神殿に来られないと、グレイさんとタスリルさんが心配しておられました」
「ええ? タスリルさんまで?」
いつものように落ち着いた調子だったが、少し目を丸くしたサーディに、ユリアは笑みを浮かべた。
「今、グレイさんはタスリルさんの所に」
「ああ、向こうで聞いたよ。ありがとう」
サーディはドアに近づき、その隙間に目をやった。リディアの歌声が、そこから流れ込んでくる。ユリアはサーディのすぐ側で、目を細めてジッとその歌に聞き入っている。
サーディは、その嬉しそうにしているユリアを見つめた。ユリアは、どこか無駄に入っていた力が消えたかのように、すっかり柔和な表情に見える。