レイシャルメモリー 1-03


 その視線に気付いたのか、ふとユリアがサーディを振り返った。目が合い、驚いたように目を大きくすると、ドアに視線を戻す。
「ど、どこ見てるんですか」
「ごめん、悪気はなかったんだけど……」
 サーディはユリアの後頭部に向かって謝った。ユリアの表情をうかがうと、ほんの少しだけ眉を寄せて照れ隠しのように苦笑し、すぐにまたドアの向こうに目をやって、リディアを見つめている。
 サーディは、結局そのまま柔らかな笑みを浮かべているユリアを見ていた。
「なにか、いいことでもあった?」
 思わず聞いたサーディの声に、少し目を見開くと、ユリアは笑顔で振り返る。
「私、一生をシャイア様に捧げることに決めたんです」
 その言葉にサーディの心臓が音を立てた。
「そう、なの?」
「はい」
 やるせない思いを隠したサーディにうなずいて見せると、ユリアはうつむき加減に視線を落として胸に手を当てた。
「裏切るとか信じる信じないでは無しに、リディアさんのように両手を広げてすべてのことを受け入れていけたら……。そう考えたら、今まで人を信じられなかったのが、まるで嘘のようで。今の私にはこれこそが理想です。これだけで満たされた安らかな気持ちになれるんです」
 晴れやかで満足げなユリアの顔を、サーディはのぞき込む。
「フォースのことは、もういいの?」
「はい。むしろ今は、どうしてリディアさんの元を離れたのか問い詰めたいくらいです。心配なさらないでください」
 フォースのことをユリアがもしも吹っ切ったなら、その時は告白してもいいのではないか。自分はそう思っていたはずだった。
「それで、後悔はないの?」
「もう恋愛はしません。私には必要ないんです」
 キッパリ返ってきた返事に、サーディは気の抜けた笑みを浮かべた。
「そうか」
「色々ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「迷惑だなんて思ってないよ。神職のことも、自分で決めて満足ならそれでいいと思うし」
 サーディの言葉に、ユリアはホッとしたように微笑む。
「でも、寂しいな」
 ボソッとつぶやいたサーディの笑みが、一瞬だけ消えた。ユリアは、その様子に気付いたのだろう、不思議そうにサーディの顔をのぞき込んでくる。
「どうしてサーディ様が寂しいだなんて」
「いや、俺は君が好きだから」
 そう言ってしまってから、サーディは後悔した。今さらこんなことを言っても、ユリアには意味がないだろうと思う。大きく目を見開くと、狼狽したのかユリアの視線が定まらなくなる。

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