レイシャルメモリー 1-07
「あ、待って。ドナの駐留軍から、今は表立って状況の変化はないと報告があったんだ。けどルーフィス殿が、動きがあった後のこの静けさだから、用心した方がいいっておっしゃってた。警備を増やすって」
「はい」
いくらか強張った表情で、リディアはうなずいた。サーディは言葉を続ける。
「用心してね。リディアさんに何かあったら、フォースに申し訳が立たないから。って、用心しなきゃならないのは俺だ」
片手で顔を覆ったサーディに、リディアは可笑しそうに微笑むと、ありがとうございます、と頭を下げ、部屋の方へと去っていった。
リディアが見えなくなって、サーディは大きくため息をついた。自分の行動が信じられない。
「疲れてるんじゃないですか?」
いきなりかけられた言葉に驚いて、サーディは叫びそうになった口を押さえた。講堂に続くドアの隙間から、フォースの隊の兵士であるアジルが顔をのぞかせている。
「なんだ、アジルか。脅かすなよ」
知っている人間で安心はしたが、アジルの顔がだんだんニヤけていくことに胸騒ぎが起こる。ゴクッと自分のノドが鳴る音が、頭の中に大きく響いた。
「もしかして、やっぱり聞いてた?」
「はい、全部。でも死んでも口外はしませんからご安心ください。隊長が重罰を受けるのも、ライザナルとの関係が悪化するのも、どっちもゴメンですからね」
その言葉にサーディは顔を覆い、もう一度大きく息をついた。その指の隙間から、アジルが柔和な笑顔を浮かべるのが見えた。
***
神殿地下、本で壁が埋まった部屋へと階段を下り、リディアは手にしていたランプを机に置いた。側の椅子に落ち着くと、一度周りを見回してランプの火を極限まで小さく絞る。
静かに深い深呼吸をすると、リディアは胸に手を乗せて瞳を閉じ、シャイア神を探した。うつむいたために頬を滑る琥珀色の髪が、ランプのわずかな光を反射して揺れる。
「シャイア様……」
サーディをはねつけることができなかった。力も足りなかったし、シャイア神も抵抗してくれなかった。身体にその感覚が残っているせいで、フォースの感触がすっかり薄れてしまっている。
ほんの少しでもいい、フォースの力になりたい。いや、そんなことよりも、会いたい、触れたい、抱きしめたい、そして、思いきり抱きしめられたい。リディアは泣きたくなる気持ちを押さえ、祈るようにフォースへの思いだけを膨らませた。
胸に当てた白く細い指の隙間から、虹色の光があふれ出してきた。シャイア神だ。その光はリディアの全身を包み込んでいく。
シャイア神の存在がどんどん大きくなってくる。だが、リディアに恐れはなかった。ただ自分にとってのフォースという存在の大きさを、その想いで示していた。