レイシャルメモリー 1-09


「すごい量の本だねぇ」
 部屋の中央まで来て周りを見回すタスリルに、グレイは顔をしかめた。
「一人でおりてきたのか。危ないなぁ」
「そう思ったら、おぶっておくれ」
「そんなに力持ちじゃないし」
 苦笑したグレイを、タスリルは指差した。
「あたしゃ軽いはずだよ。骨と皮だけだからね」
「背負い心地悪そう、って、それでどうして生きてるんだよ」
「失礼だねぇ。それに抱き心地だなんて、親切に見返りを求めちゃいけないよ?」
「いや、抱くなんて言ってないし」
「お前さんは神官には向いてない。薬師におなり」
 その言葉にグレイは、はぁ? と口と目を大きく開けてタスリルに見入っている。タスリルは、声を立てて笑ったリディアの顔をのぞき込んだ。
「何か可笑しかったかい?」
 リディアは父親で神官長でもあるシェダを、懐かしく思い出していた。
「私の父は、フォースに神官にならないかって、ずっと口説いていたんです」
「戦士を神官にかい?!」
 タスリルは天井に聞かせようとしていると思うほど背を反らし、かすれた声で笑った。
「お前さんの親は、お前さんとレイクスが心配だったんだろうね。だが私のはそれとは違うだろ。この子はとても変わり者だし」
 いきなり指を指され、グレイは顔を上気させた。
「なっ?! 神官に向かないほど、ひどくないだろうが」
「口も悪いしねぇ」
 グレイがウッと言葉に詰まって口を押さえる。楽しそうに笑うタスリルにつられるように、リディアも笑みを浮かべた。
 ジジッと音を立てたランプを見ると、燃料が底の方に少しだけしか残っていないのが目に入った。リディアは本を胸に抱き、ランプが揺れないよう、そっと手にする。それを見てグレイがタスリルを見やった。
「仕方ないな。おぶってやるよ」
「年寄り扱いするんじゃないよ」
 タスリルは、その言葉に呆気にとられているグレイの横を通って、サッサと階段を上がり始めた。我に返ったグレイと笑みを交わし、リディアも後に続く。
 階段を上りきると、タスリルがいつも本で埋まっている方へと歩いていくのが見えた。その机に、黒い皮の表紙で、角がすり切れているひどく古い本が一冊乗っている。立ち止まったリディアにグレイが並んだ。
「例の呪術の解説だよ。見るからに薄気味悪いだろ? でも凄いんだ。どうやって神を取り込むか、どんな風に神の力を使うかなんてことまで書いてあって」

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