レイシャルメモリー 1-10
その言葉に、リディアはグレイを見上げた。グレイは力を持った視線でその本を見つめ、笑みを浮かべている。本のそばに立ったタスリルが首を横に振った。
「ただねぇ、本当ならとんでもないことだとは思うんだが、術書そのものじゃなかったしね。まさか、やってみるわけにもいかないだろう?」
タスリルの苦笑に、リディアはコクコクとうなずいた。やってみると言っても、その対象はシャイア神と自分しかいない。確かめたくても、それは無理だ。
「とりあえず、こういう呪術があるって、フォースに知らせよう。手紙書いてくれる?」
グレイの言葉に、リディアはうなずいた。ソファーの背にとまって羽を膨らまし、丸くなっていたファルが、リディアの方へと首を向ける。リディアはファルは理解してくれないだろうと思いつつ、またお願いね、と笑みを返した。
「グレイさん、これ」
リディアは声をかけると、胸に抱いた厚い本を机に置く。
「シャイア様に選んでいただいたんです。何か大切なことが書いてあると思います」
リディアがそう言っているうちに、グレイはその本をパラパラとめくりだした。
「了解。じゃあ、手紙の方頼むよ」
すでに本から視線を外さないグレイに、リディアは、はい、とうなずいた。タスリルがリディアに手招きをする。
「ここへおいで。要点を説明するよ」
珍しく真面目な顔のタスリルの元へと歩を進め、リディアはタスリルの隣に座った。
***
タスリルがティオに送られて店に戻り、リディアはいつもの場所で手紙を書いていた。本の積まれた席の横で、グレイはリディアが渡した本を読みふけっている。
リディアは、タスリルにもらった厚い用紙に、小さな文字を連ねていく。
降臨した神官の身体に、神を閉じこめる呪術が存在しているらしいこと。そうすることによって、限られはするが内包した神の力を自分の意志で使えるようになること。そして、その神官の魂は、神を有したまま産まれ変わることができるということ。
これが本当なら、とんでもないことだとリディアは思う。世界を支配するとか、思いのまま動かすとか、その神官次第でどんなことでも好きにできてしまうだろう。しかも、その神官の破滅が世界の破滅に繋がるかもしれない。
「リディア?」
その声に振り返ると、グレイは人差し指をチョイチョイと動かし、こっちへ来いと合図をする。