レイシャルメモリー 1-11


「大切なことって、きっとこれだ、これ」
 リディアがグレイの横に立ち、腕が触れたとたん、グレイがウワッと声をあげ、跳ねるように椅子から立ち上がった。
「何だ? ビリッときた」
 シャイア神が拒否したのだろうとリディアは思った。感情の交換のようなことがあり、他の人に対する拒絶の気持ちが、まっすぐ出てきたのだろう。
「もしかして、シャイア神?」
 グレイの質問に、リディアは小さくうなずいた。
「ごめんなさい。ひどく敏感になっているんです」
「嫌われているみたいで寂しいな。まぁでも、仕方がないよ。男はみんな拒否してくれた方が安心だしね。ほらここ、ここを見て」
 グレイは机を回り込み、向かい側から本を指差した。リディアは、あっさり受け入れてくれたグレイにホッとしながら、その指先をのぞき込む。
「シャイア神はくまなく流伝す水であり、すべてを伝える使いの神である。その特性として他の神から存在を隠して行動できる。また、その視界内にいる戦士も同様である。……、これって」
「リディアはフォースと一緒にいるべきだ。このことも書いて、一度戻れって書き足した方がいい」
 ――今すぐファルを戦士の元へ――
 リディアの頭の中に、シャイア神の声が響いた。ティオがソファーからムクッと起きあがり、ソファーの背もたれにとまっているファルと顔を突き合わす。
「すぐにフォースの所に行ってだって」
「え? なに言ってるんだ、手紙を書き終わるまで待ってくれよ」
 慌てたグレイに、リディアは首を横に振った。
「シャイア様が、すぐ、と、おっしゃったんです」
 そう言いながら、リディアは手紙の白紙の部分に、どうか一度戻って、と急いで書き足す。
「お願い、これだけでも持っていって」
 リディアは手紙をたたむとファルの側に行き、足輪に手紙を差し入れた。ティオが扉を開き始めると、ファルはできたばかりの隙間からサッと空へと飛び立っていく。
「いったい、どういう……」
 グレイはそこで言葉を切った。後に続く言葉が好事ではないから、気をつかったのだろうとリディアは思う。
 いきなり戻れなど、もしかしたら何かあったのだろうか。確かに、どう考えても悪い方向にしか考えられない。
「どうか、無事で……」
 助けを求めているのがシャイア神なら、シャイア神に祈っても、どうなるモノでもないだろう。だがリディアは、ファルが消えた空を見つめたまま、祈らずにはいられなかった。

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