レイシャルメモリー 2-02


「まずはレイクスだ。出入りがしやすいのは今のうちだけだ。配置に付いてくれ」
 完全に祭壇の後ろにいるため姿は見えなかったが、その人物がうやうやしくお辞儀をした動きが、空気の揺れでマクヴァルの元に伝わってきた。
「この鏡と短剣を忘れずにな」
 マクヴァルは満足そうにうなずくと、祭壇に掲げてある黒曜石の鏡と短剣を、満面の笑みで見つめた。

   ***

 アルトスの視界の中、イライラと部屋を歩き回っているリオーネが、クロフォードの前で止まった。ドレスのふくらみが前後にゆっくりと揺れる。
「どうしてそこまでしてレイクス様をかばう必要があるというのです?」
「いつかはシェイド神と和解して欲しいと願っている」
 クロフォードは表情を変えることなく、リオーネをまっすぐ見返した。リオーネは不機嫌に眉根を寄せる。
「レイクス様のように信仰心のカケラもない人がシェイド神と和解だなんて、そんなことできるワケが」
「無いと申すか? 少しでも可能性があるなら、それを追求するまでだ」
「ですが。そんな状態で陛下の後を継ぐだなど無理です。レクタードの援助をどこまで要求なさるのです?」
 リオーネが何もかも包み隠さず話してしまうのは、自身の部屋にいるための気の緩みがあるからだろう。だが、まっすぐ不満をぶつけられるクロフォードの方は、たまったモノではないだろうとアルトスは思った。
 クロフォードはリオーネの不機嫌な声に、冷ややかに目を細める。
「それは無理だろうな。少なくとも、もめたままでは収まりがつかない。時期にもよるだろうが」
「時期ですか……」
 その言葉を繰り返し、リオーネは心配げにクロフォードを見上げた。
「では、ニーニアは」
「もちろん神との血縁関係は結ばなくてはならない」
 ますます顔を歪め、リオーネが悲痛な表情になる。
「そんな! 陛下はニーニアに、一生幽閉されるかもしれない男の子供を産めと言うのですか?」
 リオーネの問いに、クロフォードはキッパリとうなずいた。リオーネはクロフォードの両腕にすがりつくように手を添える。
「ひどいことを。陛下はニーニアをなんだと思っていらっしゃるのですか。実の娘ですよ? それを信仰の道具にしようなどと。ニーニアにも幸せになる権利はあるはずです」
 真剣に見上げる瞳に、クロフォードは苦笑した。

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