レイシャルメモリー 2-04
「あなたはレクタードの味方でいてくれると思っていたのに」
そのつぶやきにアルトスが顔を上げると、上目遣いで見上げてくるリオーネと目があった。リオーネは眉を寄せて目を細めると、アルトスに背を向ける。アルトスはその背に向かってもう一度お辞儀をすると、クロフォードを追って部屋を出た。
自分がレクタードの味方だと思われていたのは、護衛に付いていた時期があったからだろうか。仕事の相手だというだけで味方だと思えるリオーネの感覚が、アルトスには理解できなかった。
クロフォードとの距離を取り戻した時、クロフォードはアルトスがリオーネに何を言われたのか気になったのだろう、アルトスに視線を向けてきた。アルトスが軽くだが丁寧にお辞儀をすると、クロフォードは何も聞かず、またすぐ前を見据えて歩き出す。
ライザナルの皇帝は、代々一部の例外を除き、正妻の他に愛妾が少なくとも四、五人はいた。それを考えれば、クロフォードはまだ例外の方に属すだろうとアルトスは思う。
だが、リオーネは許せないでいるのだ。自尊心のせいか、レクタードとニーニアを思ってのことか。エレンやフォースに対する嫉妬もあるだろう。
自分はレクタードにもレイクスにも、敵味方という立場を意識したことがなかった。レクタードを警護しろと命令されればするし、フォースの護衛をしろと言われればそれを遂行する。ただクロフォードのために、クロフォードの思うまま動いているだけなのだ。
味方がいるとすれば、それはクロフォード自身だし、他は誰一人として味方という括りの中には入らないとアルトスは思う。
もしもクロフォードからリオーネを斬れとの命を受ければ、自分は迷うことなく斬るだろう。自分のリオーネに対する感情は無いに等しい。ただ、クロフォードの言葉を信じることができないリオーネの弱さが、何か重大なことを犯さないかと気がかりなだけだ。
最短の道筋を通り、塔へと向かう。一度外に出る扉の脇に一人、老齢の神官が立っていた。クロフォードが扉に近づいていくのに気付いたのか、うやうやしく頭を下げてくる。
「扉を閉じられるのですな」
お辞儀をしたまま神官が発した言葉に、クロフォードは目を留めた。
「そうですが。何か?」
「神の力は、石の厚い壁も物ともしますまい。少しでも早く拉致を実行に移された方がよろしいでしょう」
神官が顔を上げて口にしたのは、その聞き飽きた言葉だった。表に出さずにため息をついたのだろう、クロフォードの肩が密かに上下する。
「そんなことは言われずとも存じています」
険を含んだ表情のクロフォードに、視線での合図を受け、アルトスは扉を開けた。外側に出て安全を確認し、頭を下げてクロフォードが通るのを待つ。