レイシャルメモリー 2-07


 クロフォードは向かい側に座っているフォースに、そう声をかけた。アルトスはジェイストークとドアの側に立つ。
「これで幽閉するという体制は整った。そしてこれが親書だ」
 クロフォードが封書を机の上に置くと、ジェイストークがチラッとアルトスに視線を寄こした。
 巫女がライザナルにさらわれた状態で、終戦を望む親書が手元にあったとしたら、レイクスならどうするだろうか。
 確かに、シャイア神と戦士が揃えばことは足りるのだ、その場で親書を破り捨てても巫女を助けに戻る可能性は大きい。
 だがそうすると、戦は取り返しの付かない方向へと進む。危険を承知で戦の終結のため、メナウルの皇帝に親書を渡しに行くという可能性も捨てきれない。
「戦をやめたいこと、皇女をレクタードの嫁に欲しいことを書いておいた」
「ありがとうございます」
 フォースの態度には、確かにクロフォードを信頼し始めているという気配が見える。ここで崩れてしまったら、その原因が巫女だからこそ、修復は難しいだろう。
「今晩一晩だけここにいてくれるか? 夜中に動くよりも明け方の方が、逆に目立たないだろう」
 クロフォードの言葉に、フォースは、はい、と返事をして頭を下げた。
 もし拉致の命令が出ても、昼夜を問わずに馬を走らせれば、阻止することも可能かもしれない。
 そう思ってから、アルトスは誰にも悟られないように大きく息をついた。何を阻止するというのだろう。クロフォードの命令は絶対なのだ。理解しなければならないと言ったのは自分だ。
 何一つ逆らわずに命令に従うことと、クロフォード自身の幸せを考えて動くこと、どちらがクロフォードにとって優れた臣下と言えるだろう。
「明日、私の部屋を通る時に、エレンの肖像を見せてあげよう」
 アルトスは、その言葉にフォースが返した、余計な力の抜けた笑みの中に、エレンを見た気がした。
 エレンがこの状況にいたとしたら。アルトスにはエレンがなんと言うか、容易に想像がついた。フォースにはライザナルに戻れと言い、クロフォードには戦が無くなるように働きかけるだろう。
 できることならば。エレンには、どうかそうなるよう見守っていて欲しいと思う。戦が無くなるよう、そしてなによりクロフォード自身が幸せを感じていられるように。
 まるで信仰のような気持ちで、エレンに祈りを捧げていた自分をあざ笑いながら、アルトスは発端である影の存在を、重く大きく感じていた。

   ***

 眠らなくてはいけない。そう思うと、フォースは余計に寝付けずにいた。気持ちが高揚している。明朝にはメナウルへ発つことができるのだ。

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