レイシャルメモリー 2-09
レクタードの様子がおかしいとフォースは思っていた。溶けてしまった兵士ほど無表情ではないが、話すのと笑うのを両方一度に見ることができない。いつもなら大抵どんな時も向き合って話をしていたのだ。
フォースの目に、レクタードの向こう側の壁が映った。突き当たりだ。その壁と少し距離を置き、足元の階段が終わった場所で、レクタードは立ち止まった。
「だから、こんな所に何があるんだ?」
フォースはそう言いながら、階段が終わる三段手前まで進んで足を止めた。レクタードはランプを階段下に置くと、左手で右前方の石壁を指差す。
「そこに」
その指差した方向にフォースが目をやる振りをすると同時に、突き当たりの壁と右の壁の間に、人が通れそうな幅の影があるのが目に入った。思わず真剣に見入る。
ふと、レクタードが階段に足をかけてフォースの腕をつかんだ。強い力で引き寄せられる。レクタードに襲われるかもしれないと思っていたフォースは、引きずられながら冷静にどう対処するかを考えていた。
階段から下りたところで、フォースはレクタードに引っ張られる力を利用し、足をかけて床にたたきつけた。レクタードはうめき声を上げて動かなくなる。自分を守るためとはいえ、レクタードにこんなことをしてよかったのかと一瞬不安がよぎった。
その時、フォースの首に後ろから腕が回った。抵抗する間もなく、鼻と口を冷たい布で覆われる。慌てて息を止めたが、口の中にデリックが使った薬の匂いが充満した。
布を押さえた手を引きはがそうとしたが、後ろから抱きつくように首にからまった腕が邪魔をする。口の中の薬を出すために息を吐いたせいで、身体に力が入らない。
逃げようとして首を後ろに引っ張られ、息をしようと思ってもできなくなる。足で蹴ったランプが階段にぶつかって割れ、小さな火がこぼれた燃料に引火し、周りがパッと明るくなった。
「出るだなんて、人がいるような噂が立つようでは駄目だな」
声に聞き覚えがある。そう思っても誰の声なのか思い出せない。いくらか薬が回ってしまったのだろう、身体の力も抜けてくる。
「おとなしいな。効いてるのか?」
首を解放され、フォースは条件反射のように息を吸い込んだ。薬が濃いのだろう、ノドに冷たい空気が流れ込んでくると、急激に意識が遠のいてくる。
支えているのが面倒になったのか、床に転がされた。身体が重い。ぼやけた視界の中、顔らしきモノがのぞき込んでくる。
「久しぶりだな。って、もう分からないか。じゃあ挨拶は後だ」
声の主が立ち上がり、石壁の隙間に姿を消した。
辺りが少しずつ暗くなるってくる。ランプからこぼれた燃料が尽きるのと同時に、フォースは意識を手放した。