レイシャルメモリー 3-04


 フォースがボソッとつぶやくと、サフラは、何ですって? と、眉を吊り上げた。
「あなたなんか皇太子でもなかったら、相手になんてしなかったわよ」
 フォースはサフラを蔑んだ目で見、鼻で笑ってみせる。
「俺はてめぇが王妃でも、相手なんて願い下げだ」
「あら。残念ね。私の言うことを聞いてくれたら逃がしてあげようと思ってたのに」
 サフラの願いなど、ろくなモノではないだろうとフォースは思う。しかも、願いを叶えたところで、フォースを逃がすことを許される程の発言力などたぶん有りはしない。それでも、手首のカセを外すくらいはできるかもしれないが。
「あなたは誰にも知らせず帰ってしまったことになっているのよ。いくら粘っても助けは来ないわ。このままだと、殺される。私を后にしてよ。死ぬよりはマシだと思わない?」
 サフラ自身がすでに拉致監禁の共犯者なのだ。ここで自分がうなずいたら、約束が果たされるとでも思っているのだろうか。とても正気とは思えない。だが、これを利用しない手は無いと思う。
 返事をしようと視線を戻したフォースは、目に入った出入り口らしき隙間に人の姿を見つけ、息を飲んだ。
「ゼイン……?」
 フォースはその顔に目を見張った。サフラの顔色が変わる。ゼインはフォースに一瞬笑みを浮かべて見せると、サフラに向かって歩を進めた。
「面白い話し、してなかったか?」
「え? あんなの冗談に決まって、」
 ゼインはサフラの胸元をつかんで、容赦のない力で頬を張り倒した。サフラは壁にぶつかって屈み込む。結構大きな音の割に石壁に響かなかったことをフォースは腹立たしく思った。
 音が響かないように、何か細工がしてあるのかもしれない。部屋の外に声や音が漏れていたにしても、この分ではあまり大きくは聞こえなさそうだ。人知れず監禁するにはいい部屋だと思う。一体なんのために作られたのだろうか。
 サフラは恐怖に満ちた目で、ゼインを見上げる。
「ひどい。痛いじゃない」
「鍵をよこせっ」
 ゼインはサフラの頭の上から怒鳴り声を浴びせる。サフラは身体を震わせながら手を伸ばし、小さな鍵をゼインに手渡すと、その場に座り込んだ。
「鍵まで持ちだしやがって。冗談には聞こえないんだよっ」
 ゼインの険のある声に、サフラはますます身体を小さくする。これでゼインが席を外すことは無くなっただろう。だが、どうにかしてそういう状況を作らないと、逃げ出すことは不可能かもしれない。
 手首のカセのだろう鍵を石台の隅に置くと、ゼインはフォースの方へと歩いてきた。不意に背を向け石台を前にすると、黒い鏡を台の上に立てる。

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