レイシャルメモリー 3-07
ゼインは、ボソボソとつぶやくサフラに笑みを向ける。
「バカだなぁ、心配するなよ。俺はお前と一緒にいるよ」
「ゼイン……」
サフラの顔が嬉しそうに歪んだ。ゼインはフッと鼻で笑う。
「ここを出るまではな。牢獄だって飯くらい出るさ」
「そんな! 父に紹介したのも、この話を取り付けたのも私なのに!」
「仕方ないだろ。リディアさんをこの手で抱けるんだ、お前をかまっている暇なんかねぇよ」
ゼインの言葉に、サフラは茫然自失でその場に座り込んだ。
逃げ道がないから逃げないのか、すべてを失って放心状態だからなのか、フォースはつかみかねていた。だが今できることは、自分がここにいることを誰かが気付いてくれるまでの時間を稼ぐことくらいだ。とにかく話し続けるしか無いと思う。
「リディアがお前を嫌うのがどうしてか、よく分かったよ。とことん哀れな奴だな」
「哀れだと?」
ゼインが怒りからか顔色を変えた。フォースの顔を殴りつけ、顎をつかんで顔を突き合わせる。
「哀れはお前だろう? ほら、命乞いをして見せろよ」
付き合わせた顔を歪めるように笑うと、ゼインはそのままの体勢で何度もフォースを殴打した。
フォースは歯を食いしばり、声をあげずに耐えた。ゼインは苦々しげな視線を残し、突き飛ばすように手を離す。背中を壁に打ち付けられてもフォースは声を出さなかった。ゼインはじっとフォースの様子を見ていたが、ため息をつくと石台に向き直る。
「始めるか。やらなきゃならないことはさっさと済ませてしまうに限る。コレが終わればお前は永遠に鏡の中だ。話しを聞かせるだけなら、それからでも遅くない」
ゼインはいくつか消えてしまったロウソクに、また炎を移し始めた。フォースは、乱れた呼吸を必死で押さえ付ける。
「俺とは道が違ったが、クエイドはあれでもメナウルの幸せを願っていた」
声を絞り出すように言ったフォースの耳に、ゼインがフッと鼻を鳴らす音が聞こえる。
「そうだな。だけど俺は違う。そんなモノはどうだっていい。俺の人生を滅茶苦茶にしたお前が苦しむのを見たくて生きてきた」
すべてのロウソクに火を灯すと、ゼインは黒曜石の短剣を手にし、フォースと向き合った。
「二、三日いたぶってやるつもりだったけど、サフラが使い物にならないからそれも無理だし。じゃあな」
ゼインは短剣を突き出すために肘を引いた。その肘に駆け寄ってきたサフラが抱きつく。
「なにすんだっ!」
「これ以上、罪が重くなったら、……っ」
ゼインはサフラの手首をつかんで引きはがし、腹を蹴り飛ばす。短剣を奪おうとしていた手が届くことなく空を切り、サフラは壁に激突して倒れ込んだ。気を失ったのか、動かない。